下す決断
「命を懸けた
一つの悲しい思い出を語ったレクトは、小さく肩を落とす。
ふとした拍子に遠くを見る、赤い双眸。
複雑そうに揺れるその瞳を見ていると、胸の奥から衝動が込み上げてくるようで。
「―――俺は……やっぱり、レクトと友達になりたいよ。」
引っ込むどころか、その気持ちはより一層強くなっていた。
三百年前の真実を知って、何を馬鹿なことを言っているんだと。
周りはそう怒るかもしれない。
また夢だけの理想論を追いかけて、と。
ルカにでも話したら、溜め息をつきながら呆れられるかな?
でもね、さすがにこんな話を聞いたら、自分だって好意だけでレクトに手を伸ばせないよ。
正直なところ、レクトが少女の話の中で告げていた下心が、自分の中にも芽生えてしまったと思う。
それでも、ここで手を引くという選択肢だけはないんだ。
過去を知ったからこそ、自分はシアノとレクトをこんな暗い場所に残しておきたくない。
とんでもない過ちだったと思う。
たくさんの命が犠牲になった。
自分たちも、それでたくさん苦しんできた。
でも……―――まだ間に合う。
遠い昔にレクトへと手を差し伸べた彼女は、自分の命と引き換えに
それはこうして、レクトの胸に残っているじゃないか。
彼女が残したきっかけを無駄にしちゃだめだ。
だって自分も、彼女が抱いた希望に痛いほど共感できるんだから。
今度こそ、みんなで仲良く笑いたい。
昔はその輪に入れなかったレクトに手を差し伸べたいと、強く思うんだ。
「お前……馬鹿だとよく言われないか?」
こちらの答えが予想外だったのだろう。
レクトが間の抜けた表情をして、目をまんまるにした。
「あはは…。その言葉なら、聞き飽きるくらい言われた。今もルカが毎日のように、馬鹿猿とか脳内お花畑とか、お人好しとかって……」
「うむ……私には、ルカがそう言いたくなる気持ちの方がよく分かるな。どれも、お前を的確に表現しているように思える。」
苦々しい声で告げたレクトは、難しげに
「あの時の少女といい、お前といい……なんだ? 《焔乱舞》が選ぶ主人は、こう……頭のねじが緩んでいるのか?」
「やだなぁ。どうせなら、視点と価値観が違うって言ってよ。」
キリハは小さく笑う。
「その子の話を聞いて思ったけど、多分
「ドラゴンを、好きに…? あんなことがあったのにか?」
「だからって、必ずしも全員がドラゴンを嫌うわけじゃないよ。だって俺たち、戦争のことなんて歴史の教科書でしか知らないもん。俺がレティシアたちと友達になってから、ディア兄ちゃんやミゲルは、普通にロイリアと遊んでたりするよ?」
「……そういえば、人間は不自然なくらい忘れる生き物だったな。」
自分の他にもドラゴンに友好的な人がいると伝えたかったのだが、レクトはどうしてかそんな一言を告げる。
だけど、自分は往生際が悪いんだ。
これくらいで説得を諦めたりしない。
ひねくれた相手とのやり取りなら、ルカでばっちりと経験を積んでいるのである。
「たった百年しか生きられないんだもん。自分が生まれる前のことまで気にしてたら、楽しくないじゃん。それに喧嘩しちゃっても、仲直りして歩み寄るのが人間なんだよ。」
「うむ…」
「それは、レクトだって一緒だよ。」
「!!」
その言葉を放つと、レクトが目を見開いてこちらを見た。
そこに確かな手応えを感じて、キリハは柔らかく微笑む。
「きっとね、リュドルフリアもレクトと歩み寄りたいんだと思うよ。だから自分の分身の焔に、レクトのことも好きになれる人を選ばせてるんじゃないかな?」
「お前……その考え方は、随分と都合がよくないか?」
「いいじゃん、別に。リュドルフリア本人が眠ってるんだから、どう解釈したってさ。」
「だって、レクトの前にいても焔は静かだよ? それは、焔とリュドルフリアにとって、レクトが裁く相手じゃないってことでしょ?」
調子がいいと思うなら、どうぞそう言ってください。
自分にしか分からない確信に、同意を求めようとは思いませんので。
そんな自分の思いが伝わったのかもしれない。
すっかり毒気を抜かれた様子で、目をしばたたかせていたレクトは……
「―――変わり者め。」
そう呟いて、小さく笑った。
「仕方ない。私の負けだ。」
何かを諦めたらしいレクトは、座っていた地面からひょいと立ち上がった。
眠る自身の体の横を通り過ぎ、その奥にある木箱の中をまさぐる。
戻ってきたレクトの手には、大振りのナイフと小さなボトルが握られていた。
レクトは自身の体に近寄ると、
大きな鱗を伝って流れる血をボトルに
「ほら。」
自分の血で満たしたボトルを、レクトはキリハへと放り投げた。
「え…? いいの?」
すでにこの行為の意味を知っているキリハは、期待を込めた眼差しでレクトを見つめる。
「私の負けだと言ったではないか。」
レクトはやれやれと肩をすくめた。
「私の友になりたいという気概は認めてやるが、毎回こんな所に来るのは手間だろう? それくらい私の血を飲んでおけば、離れていても会話が可能だ。」
「へ…? そうなの?」
「ああ。感覚をリンクさせて体の主導権を奪うだけが、この能力ではない。調整すれば、そういうこともできる。もしかすると、
「レティシアとも……」
渡されたボトルに目を落とし、キリハはじっと考える。
そういえば、一つ心当たりがある。
レティシアたちを保護したばかりの頃、彼女たちが血液薬の実験台にされかけた時のことだ。
あの時、自分にだけ聞こえたような気がした声。
あれはもしかして、怯えたロイリアが無意識に飛ばした声だったのでは?
だとすれば血を濃くすれば、レティシアだけではなく、ロイリアとも離れた場所からの意思疎通ができるようになる可能性が高い。
これは、一つの突破口になりえないか?
自分が常に彼女たちの状況が分かるなら、今のようにガチガチに監視する必要はなくなる。
彼女たちに少しでも自由を返せる、いいきっかけになるのではないだろうか。
「お前が何を考えているかは、なんとなく分かるが……よくよく考えるんだぞ。」
きらりと目を光らせるキリハに、レクトがささやかな苦言を呈する。
「先ほどまでの話を忘れるなよ? 格が高いドラゴンの血を受け入れるほど、己の体を奪われるリスクが高まるのだ。」
そう告げたレクトの瞳が、鋭い眼光を放ってキリハを射る。
「もう一度言うぞ。よくよく考えろ。―――本当にいいのか?」
「………っ」
レクトが
ここで下す決断が、今後を左右する。
分かっているけれど、迷いはなかった。
答えなんて、最初から―――
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