すがってしまったその姿
嫌いでいさせて―――……
そんな切なる願いが、天に届いたのかもしれない。
「あっれー? そこにいるのは、クルト君じゃないのー?」
その声はものすごく絶妙なタイミングで、シアノたちの前に立ちはだかった。
「セラ…」
クルトと呼ばれた彼は、そちらを見るや否や表情を険しくしてシアノを背後にかばった。
そこにいたのは、金髪に赤いメッシュを入れ、派手なピアスやネックレスを身につけた、いかにも不良そうな少年だった。
セラの後ろには、彼と似たような風貌をした少年が二人ほど控えている。
にやにやと笑いながらこちらを見る彼らからは、何やら不穏な雰囲気が感じられた。
「ちょうどよかった。今日のカモは誰にしようか、探してたとこだったんだよね。ってなわけで、出すもの出してくんない?」
慣れた仕草で仲間とクルトを取り囲み、セラは何かをねだるように右手を出した。
「君たち……こんな小さな子の前で、よくそんな情けないことができるね。」
後ろから顔を出しかけたシアノを背後に隠し直して、クルトは嫌悪感も
「オレ、金にしか興味ないから。」
セラはいっそ、清々しく言い切った。
そんなセラの態度を見てさらに眉をきつく寄せたクルトは、はっきりと否を唱える。
「何度も言うけど、僕には君たちに恵めるほどのお金なんてないよ。そんなにお金が欲しいなら、順当に稼げばいい。」
怯えや迷いを一切見せずに要求を突っぱねたクルトに、セラが微かに頬をひきつらせた。
「へえ…。さすが、先公どもお気に入りの風紀委員長の言うことは違うな。でも、あんまり調子に乗ると痛い目見るぜ。あのくそ野郎どもがお前を可愛がるのは、生徒の不満をお前に集中させるためだかんな?」
「そんなこと知ってるさ。その代わり、竜使いの生徒たちの意見は、僕を通してちゃんと大人に届く。そういう取引だと思えば、悪いものじゃないよ。」
顔色一つ変えないまま言い切り、クルトはセラの右手を押しのけて、そこから去ろうと一歩を踏み出す。
「おい、待ちやがれ!」
カッとしたセラがクルトの肩を掴み、彼の
「いった…。悪いけど、今は君に構ってる暇ないんだよね。話なら、明日学校で聞くよ。」
なんだかんだと、慣れたやり取りなのだろう。
逆上したように目くじらを立てるセラを前にしても、クルトは態度を変えなかった。
セラを見る彼の呆れた目は、まるで聞き分けのない子供を前にしたかのよう。
少しも引かないクルトの様子に、セラはぎりぎりと歯を食い縛る。
「ちくしょう…っ。てめえはいつもそうだ。オレが何をしても、そうやって見下してきやがる。オレがてめえに絡んでも先公にチクらねえのは、それでオレに恩でも売ってるつもりか?」
「別に。単純に、言う必要がないと思っただけだ。」
クルトはやはり、冷静なまま。
「―――ああ……そうかよ。」
ふと呟いたセラは、ゆっくりと右手を掲げた。
「ここまでくるとさ……一度でいいから、てめえの怯えた顔を見たくなるってもんよ。」
おもむろに伸びたセラの右手は、迷いなくクルトの首へとかかった。
「!?」
そこで初めて、クルトの表情に変化が表れる。
「教えてやるよ。所詮、てめえはオレに敵わねぇってな。」
ようやくクルトから望む反応を得られたのに気をよくしたらしく、セラはその表情に凄惨な笑みをたたえる。
「おっと。そういえば、てめえは胸が悪いんだっけか? この状態じゃあ、発作が起きても薬なんか飲めねぇよな?」
容赦なくクルトの首を絞める力を強めながら、いたぶるように告げるセラ。
「ははっ、お似合いの姿だぜ。何が取引だ。竜使いなんかな、オレらの下で這いつくばっていればいいんだ。ちょっと大人に気に入られてるからって、調子に乗るんじゃねぇよ。竜使いの上に病弱なてめえは、本来なら生きてる価値なんてねえんだ。」
「………っ」
クルトは苦しげに歯を食い縛りながらも、シアノにこの場面を見せないように、シアノの体を強く抱き寄せる。
しかし、シアノはしっかりと彼らのやり取りを見ていた。
間が悪かったといえばそれまで。
人間という存在の価値に疑問を抱いていた今だったからこそ、シアノは無意識ですがってしまったのだ。
自分が命の危機にさらされているにもかかわらず、自分を守ろうとするクルトの姿にではなく……
―――〝人間は醜い〟という父の言葉を、見事に体現していたセラたちの姿に。
クルトを
この顔は知っている。
父と出会う前までは、自分も散々こんな目を向けられてきた。
そんな顔を見たことで、なんとも言えない不思議な感覚に陥る。
ほっと安心しつつも、その反面で心がすっと冷えていくような、そんな不安定で不愉快な感覚だ。
「おいおい、セラ。あんまりやりすぎて殺すなよー?」
他の二人は後ろからそう声をかけるだけで、クルトを助けようとしない。
にやにやと面白おかしそうに笑う彼らは、むしろこの光景を楽しんでいるようである。
「―――っ」
次の瞬間、シアノはセラの左手に思い切り噛みついていた。
別にクルトを助けたくてした行為ではなかったが、結果としてそれがきっかけで、セラがクルトの首から手を離した。
「いってぇ!」
まさか下から反撃がくるとは思っていなかったらしく、セラは見事に飛び上がって後ろによろめいた。
「このくそガキが……」
反射的に腕を振り上げたセラは、その刹那にピタリと動きを止める。
激しく咳き込むクルトの前に
その紅蓮のようにきらめく双眸と、フードの隙間から覗く純白の髪が目に入ったのだ。
「なんだこいつ、気持ちわりぃ……」
ぶつけられたのは、聞くのは随分と久しい言葉。
そんな言葉を聞くのはある意味心地よくて、そしてやはり、どうしようもなく胸が冷たくなるものだった。
(ああ……―――やっぱり、ぼくたちは分かり合えないんだ。)
ぼんやりと思う。
「うへぇ…」
「これはヤバいな。」
他の二人もセラの後ろからシアノを覗き込み、彼と同じように顔をしかめる。
とはいえ、あくまでも傍観者だった彼らにとっては、新たなオモチャを見つけたような軽い出来事でしかなかったのだろう。
すぐに表情に笑みを取り戻した彼らは、からかうようにセラの脇腹をつついた。
「あれー? もしかしてセラ君、ビビっちゃったの~?」
「んな…っ」
口調から小馬鹿にされていると感じ取ったセラは、一気に顔を赤くする。
「そんなわけねぇだろ! ちょっと驚いただけだっつーの!!」
友人の腕を乱暴に振り払ったセラが、こちらに殴りかかってこようとする。
あまりにも遅く見える拳を軽々と
おもむろにさらけ出された首筋を無意識で引っ掻きそうになったが、人間の世界でそれはよくないと一瞬で思い直し、手加減して引っ掻いてやるのは頬だけにしておくことにする。
「って!!」
無様にシアノの横に両膝をつくことになったセラは、思わず頬に手をやった。
鋭く伸びたシアノの爪はセラの頬を易々と切り裂き、傷口からあっという間に血が流れていった。
「ぷぷっ、ダッセェ。」
セラの姿を見た二人は、腹を抱えて笑い転げている。
そんな彼らと茫然とするセラの双方を眺め、シアノは無表情のままその場から駆け出した。
「待っ……」
苦しげな呼吸の中でクルトが必死に手を伸ばすが、その手はむなしくも空を切るだけ。
「ちくしょう、待ちやがれ!」
すっかり頭に血が
その時にはクルトのことなど眼中から外れていたのか、他の二人の少年も笑いながらセラの後ろに続いていった。
遠ざかる彼らの怒号を掻き消すように、雷鳴が低く、大きく鳴り響く―――
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