第1章 絡む策略

ルカの思惑

「お前が協力する……とは?」



 驚いたシアノの表情から、途端に感情が消える。

 その口腔から漏れた声は幼さを失い、逆に老齢を思わせる深みを帯びる。



 どうやら、ラスボス様が降臨したようだ。



 シアノの体を奪い取ったレクトの問いに、ルカは淡々と答えた。



「そのまんまの意味だ。お前の真意次第では、仲間になってやってもいいと言っている。」



「ふむ…。どうしてお前がそういう判断をしたのが、少し疑問だな。」



「そうか?」



「ああ。お前はユアンやキリハと違って、理想や綺麗事で動くタイプではなかろう。私に関わってもメリットがないのは明らかだから、手を引くのが筋かと思っていたが。」



「ああ、そのとおり。お前の指摘は間違っていない。言葉どおり、メリットがあるからここに来たんだよ。」



「うむ…?」



 どういうことか、と。

 レクトが視線だけで促してくる。





「だってお前―――人間のこと、嫌いだろ?」





 断定口調で、ルカはレクトにそう告げた。



「シアノを見てたら分かるさ。」



 ルカはレクトの答えは待つことなく話しながら、ゆっくりと地面に腰を下ろす。



「多少なりとも人間に好意を抱いているなら、シアノをこんな風には育てねぇだろ。人間に溶け込ませやすくも、簡単に人間を裏切れる便利な駒にしたいっていう魂胆が丸見えだ。」



「……そうか。お前には、そう見えるのだな。」



 ルカの意見に対し、レクトはイエスともノーとも唱えない。

 ルカも特に明確な答えを求めてはいないのか、特に追及を重ねることはしなかった。



「では、そういう推測を立てた上で、お前が私に見出だしたメリットとはなんだ?」

「よくよく考えてみたんだよ。あれから。」



 目を伏せるルカ。





「歴史がどうとかは関係なく、オレ個人が気に食わなくて、仕返しをしてやりたいのは誰なんだってな。―――答えは当然、人間だろ?」





 にやりと。

 弧を描く唇。



「ドラゴン大戦の再来? 大歓迎だな。もしそうなるなら、オレは―――ドラゴンにまたがって、人間どもを真正面から潰してやるよ。これまでさげすんできた竜使いにぶっ潰されるのは、どんな気分だろうな? こんなに気持ちのいい仕返しもねぇなって思ったんだよ。」



「ほほう……」



 明け透けないルカの言い分を聞いたレクトが、少し意外そうに目を丸くした。



「よもや、キリハやシアノに世話を焼きまくっているお前が、そこまで人間を嫌っていたとはな。少し誤算だったか…。だが、こうは考えなかったのか?」



 試し、試され。

 互いの腹を探り合うような会話は続く。



「ここで手を組んだとして……人間を滅ぼした後に、用済みとなったお前を私が殺すかもしれない、と。」



 物騒極まりないレクトの問いかけ。

 それに、ルカは動揺の一片も見せなかった。



「もちろん、その可能性は勘定に入れてるさ。だけど、気にしても意味なくねぇか?」



「ふむ…? どういう意味だ?」



「オレとしては、人間に最大の仕返しができた時点で満足なんだ。それを達成させてもらえるなら、その後に殺されたとしても文句はねぇな。第一、お前がオレを殺さなくたって、どうせオレはお前より早く死ぬだろう。死ぬのが早いか遅いかの違いだけで、最終的にセレニアから人間が消えるのは変わらない。違うか?」



 よどみないルカの返答。

 それをじっくりと吟味したレクトは、くすりと笑う。



「……なるほど。確かにその理論なら、私が急いでお前を殺す理由はないな。―――面白い。お前の話、もう少し詳しく聞いてみようではないか。」



 第一の交渉は受け入れ姿勢で合意。

 話は次の段階へと進む。



「それで? 仮に私が人間を滅ぼそうとしてるとして……お前は、私にどう協力をしようと思っているのだ?」



「そうだな……」



 考える雰囲気で腕を組むルカ。

 とはいえ、すでにある程度の見通しは立てていたのか、彼は大して時間を置かずに口を開く。



「外側からの攻撃は、最終的にお前がドラゴンを引き連れてやるだろうから、オレは内側から人間を崩す方が効率的だろうな。」



 その指針は、確かに妥当であると言えた。

 騙して協力させるにしろ、仲違いを誘導するにしろ、人間への仕込みは同じ人間がやりやすいのは明らかだ。



「それは具体的に言うと、キリハを潰すということか?」



「いやいや。あいつはもう、お前が色々と仕込んでるだろ? オレが今さら手を加える必要もない。」



 最初の確認に対するルカの答えは否。



「では、彼の師匠か?」



「甘いな。確かにあいつの剣の腕は厄介だが、武力ってのは数や技術でどうとでも補える。目立つ杭をとりあえず打つのは、馬鹿がやることだぜ?」



 次の仮定もあっさりと否定される。



「ふむ……」



 うなるレクト。

 そんな彼に、ルカは自信に満ちた笑みを向けた。



「敵の戦力を確実に削ぐなら、数では補えない知恵の領域……つまり、知将から潰すのが一番。なら……」



 ルカが示す、その〝知将〟とは―――





「―――ジョー・レイン。」





 その名を告げたルカの笑みに、凄惨な色が滲む。



「オレのターゲットはあいつだ。」


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