抑えが利かない怒り

「あんたはキリハの体を使って、ロイリアを壊そうとした。この行為自体には……人間は関係ないわよね?」



 過去に起こったことを述べるレティシアの視線は、レクトだけに注がれている。



「まどろっこしい経緯の話なんて、どうでもいい。あんたが悪意を持って、自分の手でロイリアを殺そうとした。それだけで、私があんたを殺す理由には十分なのよ!!」



 大きくえるレティシア。



「あんたの言い訳なんか聞かないわ!! 私のこの怒りは……あんたがユアンにリュード様を奪われた怒りと同じくらい、抑えられないもんなんだからね!!」



「―――っ!!」



 自分自身を引き合いに出されては、それを否定できる言葉など思いつかないのだろう。

 レティシアからぶつけられる全力の怒りに、レクトは体を震わせることしかできなかった。





「レティシア!!」





 その時、少年の声がレティシアを呼ぶ。

 それで眼下に目を下ろせば、洞窟から出てきたキリハがこちらを見上げていた。



「くそ…っ」



 レクトは思わず舌を打つ。



 レティシアとシアノに時間をきすぎた。

 キリハたちが洞窟を脱出してしまったではないか。



「レティシア、レクトを殺すって……そんなのだめだよ!!」



 キリハは必死にそう言う。

 その理由は、ひとえにレティシアを心配してのものだった。



「レクトの血は、レティシアにも効くんでしょ!? 闇雲に戦って、もしもレクトの血を浴びちゃったら―――」



「いいのよ。」



 キリハの危惧を、レティシアは軽やかに笑い飛ばす。



「このままじゃ、私の気が収まらないのよ。相討ちになったとしても、ロイリアが受けた苦しみの分は叩き返してやらないと。それに……一応、備えられるだけの備えはしてきてあるのよ。」



「いやいや。あんま、それを当てにしないでくれる?」



 そこで、第三者の声が割り込む。



「アル……」



 後ろを振り向き、目を丸くするキリハ。

 その視線はひとまず流しておき、ジョーは上空のレティシアに複雑な視線を投げた。



「ロイリアの治療薬をレクトの血に対する予防薬にアレンジしてくれって言われたから、やるだけはやったけどさぁ…。治験も何もできてないんだから、その薬が効く保証なんてないんだけど?」



「!!」



 なるほど。

 備えとはこれのことか。



「ふん。自信がないなら、万が一のために私の治療薬をたんまり準備しておきなさい。」



「うへぇ…。僕を容赦なく過労死に追い込む気?」



「何よ。リュード様にサンプル提供の口きをしてやるって言ったら、二つ返事で了承したくせに。」



「だって、普通に欲しいんだもん。だったら、そいつを血まみれになるくらい痛めつけてよ。血清と似た要領で作った薬だから、そいつの血がないと量産できないんだっての。」



「言われなくてもそうしてやるわ。」



 軽口のような、レティシアとジョーの会話。



「おのれ…っ」



 ふいに、レクトが低くうなる。



「貴様が……貴様が、私の計画を狂わせたのか…っ」



 ジョーの言葉は分からずとも、レティシアの言葉だけで、彼がロイリアの治療薬を作ったことは十分に伝わった。



 行方をくらませて何をしているのかと思えば、とんでもないことをやってくれたものだ。



 こんな技術を持っていると知っていたなら、知恵を煙たがって放置などせずに、キリハよりも先に始末したのに。



「今からでも、潰してやる!!」



 自分の血に対抗するすべを生み出した彼は、あまりにも危険な存在だ。

 彼が生き続けていれば、今度は人間に対する治療薬を開発されるおそれがある。



 そうなれば、仮にこの場からのがれて仕切り直そうとしても、打てる手が極端に減ってしまうだろう。



 怒りにたけるレクトの口から、わずかに炎が漏れる。

 その瞬間。



 ―――ゴオォッ



 レクトの炎をしのぐ勢いで、別の炎が彼に襲いかかった。



「ちっ…」



 下から噴き上げてくるような炎が、何であるか。

 それを分かっている手前、レクトはその炎をけざるを得なくなる。





「アルは殺させない。ここにいる、他のみんなも。」





 据わった目つきでレクトを睨むキリハは、大きく振りかぶった《焔乱舞》を力強く握り直した。



「ロイリア、下りてきて!!」



 再びレティシアがレクトを牽制するのを横目に見つつ、キリハはロイリアを呼んだ。

 それに応えたロイリアが地面に下りて、その背中からミゲルとシアノが足を下ろす。



「シアノ……」

「………」



 シアノは何も言わない。

 ミゲルにしがみついて、嗚咽おえつを殺すのに必死のようだ。



「ミゲル。シアノを、ルカたちの所に連れてってあげて。今の俺には、シアノをなぐさめてあげる時間がないから。」



「おう。」



 頷いたミゲルは、シアノを抱っこして医療班のテントへと向かっていった。



「ロイリア。ここからは厳しい戦いだけど、協力してくれる?」

「もちろん。ぼくも、ちょっとくらいは仕返ししたいもん。」



 背中にまたがりながら訊ねると、ロイリアは間髪入れずにそう答えた。

 それに小さく笑ったキリハは、すぐに表情を引き締める。



「じゃあ、行こう!!」

「うん!!」



 キリハの宣言を受けて、ロイリアは高く飛び立った。



「キリハ……」



 まさかキリハたちが参戦してくるとは思っていなかったのか、レティシアがパチパチと目をしばたたかせる。



「いくらアルの治療薬があるっていったって、レティシアだけを戦わせるわけにはいかないよ。俺は、レティシアのことだって守りたいんだから。」



 レティシアとレクトが本格的に戦い始めたら、人間では太刀打ちできないだろう。



 治療中のルカたちをかばうために空中戦をメインにすると、ドラゴン殲滅部隊の後方支援もどこまで通用するか分からない。



 この場でレティシアを援護できるのは、自分とロイリアだけだ。



「ディア兄ちゃん!!」



 無線のスイッチを入れて、キリハは大声を張り上げる。



「レクトは俺たちで止める! リュドルフリアがどのくらいで目覚めるか分からないけど……なんとかその前に、ルカの治療を終わらせて、なるべく遠くに避難を!!」



「任せろ!! 地上の方は気にすんな。とっくに影響範囲の試算は終わって、安全圏に防衛ラインを展開済みだからよ!」



 返ってきたディアラントの声は、いつもと変わらず明るい。

 本当に、頼もしい師匠である。



「レティシア、地上は気にするなってさ。後ろは俺とロイリアでフォローするから、好きなだけ怒ってきていいよ!!」



「あら、嬉しい応援ね。なら、遠慮なく行ってくるわ!!」



 翼を大きくはためかせ、レティシアがレクトへと突進する。

 それを見送りながら、キリハも《焔乱舞》を構えるのだった。


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