司令塔としての役目

 突然起こった大きな地震。

 そして、過去最大級のドラゴンがなんの前触れもなく出現したこと。



 この双方に、宮殿はパニックの渦中に突き落とされていた。



「ターニャ様!!」



 作戦本部となっている会議室に、慌ただしく駆け込んでくる人物が二人。



「これはどういうことですか!? 本日ドラゴン討伐が決行されるなど、宮殿の誰もが聞かされておりませんぞ!!」



 殿、か。

 彼らにとって、宮殿本部にいる人々は〝宮殿の人間〟には入らないわけだ。



 国民には協力体制を見せつけておいて、その裏では常に自分たちを追い出す算段を立てている。

 こんな時にもその姿勢を崩さないのだから、その一貫性には拍手を送りたい気分だ。



「いいのです。この作戦は、最低限の体制で動く必要がありましたので。下手な噂が広がらないよう、情報規制は念入りにさせていただいたのです。討伐場所も問題ないでしょう。セレニア山脈付近には人が暮らしておりませんし、重要な施設があるというわけでもないのですから。」



「そういう問題ではございません! 何か問題が起こったらどうするのですか!? 国民の混乱を招いておいて、どう責任を―――」



「どう、とは?」



 タン、と。

 キーボードを強く叩いたターニャが、物静かな瞳で前に立つ人物を見上げる。



「何故、あなた方がそこまで慌てておられるのですか? 責任問題が生じた際には、私とドラゴン殲滅部隊がその責を問われます。……まさか今になって、共に責任を負う覚悟でも決まったのですか?」



 その問いかけを受けて、ターニャに詰め寄ろうとしていたジェラルドが息をつまらせる。



「………」



 ちらりと、ジェラルドの後ろに控えているランドルフに目配せ。

 彼はこちらの視線に気付くと、一度ゆっくりとまばたきをしてから目を閉じた。



〝好きなようにやりなさい。〟



 言葉のない後押しが、こんなにも心強い。



「まあ……心配にはなりますか。戦場がセレニア山脈からフィロアにでも移れば、避難が間に合わなかったあなた方もただでは済みませんしね。それに、フィロアが壊滅なんてことになれば、仮に私たちを宮殿から追い出せたとしても、抱える負債の方が大きいですから。」



 どうやら図星らしい。

 そう告げると、ジェラルドが露骨に肩を痙攣けいれんさせるのが分かった。



 ターニャは大仰に溜め息をついてみせ、次にジェラルドを鋭い眼力で睨んだ。



「ご心配なく。私の元には、この程度の障害など簡単に越えられる人々が揃っておりますので。」



 そう言い放ったターニャは、次にランドルフを意味ありげに見つめる。



「申し訳ないですね、ランドルフさん。あなたがスパイとして送り込んだジョーさん……いえ、アルシードさんは、最終的に私の味方についてくださったようですよ?」



「……そのようですね。」



 ランドルフは大袈裟な反応をせず、小さく肩をすくめるだけ。



「私も想定外です。あれだけの報酬を支払っていたにもかかわらず、最後の最後で総督部を裏切るなんて…。ロイリアを治療なんかせずに暴れさせてくれた方が、私としては都合がよかったんですがね。あれは、あなたの指示で?」



「いえ。」



 ランドルフの問いに、ターニャは首を横へ。



「ロイリアを助けてくれたのは、誰の介入があったわけでもなく、アルシードさん個人の決断です。過去に多くの方を助ける偉業をなした者として、ロイリアを見捨てることはできなかったのでしょう。」



「見捨てることができなかった……ですか。あの彼に限って、そんなことはないと踏んでいたのですが。」



「それでも……アルシードさんは過去の傷を乗り越えて、人々を救う道を再び選んだのです。私はそれを評価して……―――心から、彼を信頼します。」



 これは嘘じゃない。

 自分は、ずっと彼を信じていた。



 ディアラントと同じく、曇りのない瞳で自分に手を差し伸べてきた、あの日から。



「そうですか…。まあ、アルシード君が寝返ってしまった今となっては、何を言っても無駄ですね。あの彼を手懐けたあなたの手腕には、素直に賛辞を述べましょう。」



 ジェラルドに見えないのをいいことに、ランドルフは微かに笑みを浮かべる。



〝あの子をあるべき道に戻してくれて、ありがとう。〟



 彼の笑顔がそう語る。



 本来は、その賛辞を受け取るべきなのは自分ではないけれど。

 今は、未来の栄光を掴むために全てを利用しよう。



「そうですか。―――なら、今後のためにも、今は私たちの邪魔をせずに大人しくしていてください。」



 にべもなくそう言ったターニャは、パソコンを操作して別の部署へ連絡を飛ばす。



「ケンゼル総指令長、聞こえますか?」



 通信を繋いだ先は、ジョーと張るほどの情報の操作者。





「至急、各メディアへ通達を出してください。―――これが、最後の戦いだと。」




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