次なる邪魔者

『やれ!! ―――アルシード!!』



 その言葉を最後に、洞窟の映像がブツリと切れる。



「く…っ」



 自身の体には傷一つないにしても、共有していた肉体に与えられた激痛は強烈。

 しばらくの間、痛みの余韻が全然抜けなかった。



 その余韻に耐える間にも、レクトはもう一度ルカの感覚へアクセスできないかを試行する。

 しかし、得られる反応は皆無。



 この結果から推察されるのは、アルシードがルカにリュドルフリアの血を飲ませたことしかない。



(どうやって……どうやって知った?)



 考えられるのは、ルカがカレンに連絡を取った際に真実を聞いた可能性。



 しかし、そう報告をしてきた後のルカには怪しい動きなどなかった。



 メッセージの履歴も快く見せてきたし、四六時中見張っていたが、彼があれ以上仲間に介入したこともなかった。



 ロイリアを壊してしまおう、と。



 そう提案したのもルカだし、あの時の彼は心底楽しそうに計画を押し進めていたはずなのに。



(今は考えていてもらちが明かん。)



 痛みの余韻を振り払ったレクトは、身を潜めていた森林から一気に飛び立った。



 ルカがいつから自分を裏切るつもりだったかはさておき、状況は自分に味方している。

 彼は、自分に強力な手段を残していってくれた。



 今すぐに洞窟を潰してしまえば、《焔乱舞》の操り手も厄介な知将もまとめて始末できる。

 手負いのルカがいては、彼らも迅速に動けまい。



 急いで洞窟の上空へ移動。

 そのまま、山肌に強烈な体当たりを加えようとしたが。



 ――――――ッ



 甲高い咆哮ほうこうとどろく。

 そして、とんでもない衝撃が自分の体を襲った。



「!?」



 訳も分からないまま、視界が大きく揺れる。

 それでも地面への落下だけは免れて、どうにか体勢を整える。



 視線を巡らせた先にあったものを見つめて、歯噛みするような思いになった。





「レティシア…っ」





 そこにいたのは、リュドルフリアの子孫。

 眷竜けんりゅうの名を冠する、神竜と忌竜いみりゅうに次いで格の高いドラゴン。



「急いで来たみたいだけど、残念ね。あんまり、人間を甘く見るもんじゃないわよ?」



 レティシアはレクトを鼻で笑う。



「貴様…っ。勝手に動けないはずでは……」

「勝手じゃないから、ここにいるんでしょ?」



 レティシアが、とある方向をあごでしゃくる。



 そこにはロイリアと、ロイリアにまたがっているミゲル。

 そして……





「シアノ……」





 ミゲルに体を支えられて、彼と共にロイリアに跨がる子供がいた。



「………っ」



 レクトの視線を受けて、シアノは体を大きくすくませる。



「お前まで、私を裏切るのか…?」



 レクトの問いかけ。

 それに、シアノは大きく顔を歪める。



「だって……だって……」



 瞬く間に、その双眸から涙があふれた。



「ぼくは……エリクに死んでほしくないんだもん…っ。ルカとキリハだけじゃ嫌だ。エリクにも……生きてほしかった。」



 シアノはゆるゆると首を左右に振る。



 自分は、父を裏切ったつもりなどない。

 でも、エリクを助けるためにはこうするしかなかったのだ。





『シアノ。レティシアたちに、協力を頼みに行ってくれ。』





 ジョーやエリクとの話し合いの中で、ルカにそう頼まれた。

 だから自分は、ルカに言われたとおりにレティシアたちの元へと向かった。



『―――そう。ようは、キリハたちを助けるためにも、私にレクトを牽制してほしいってことなのね?』



 問われた言葉の意味は、正直なところよく分からなかった。

 でも、彼女が次の言葉を告げた瞬間に世界が変わった。



『協力するのは別にいいんだけど……―――私は、あんたの父さんを殺す可能性が高いわよ。』



 その言葉に否を唱えることはできなかった。

 どうしてと、疑問を投げかけることすら許されなかった。



 レティシアとロイリアにも、自分たちはひどいことをしてしまった。



 その結果、父を殺したくなるほどに彼女が怒っていたとして、先に間違いを犯した自分たちが何を言えるだろう。



『………っ』



 時間を巻き戻せたらいいのに、と。

 頭がおかしくなりそうなくらい、切にそう思う。



 本当は、父さんにだって生きていてほしいんだ。

 レティシアが父さんを殺すと言うなら、協力なんて頼みたくないんだよ。



 だけど……



『それでも……ぼくは、みんなを殺したくない…っ』



 一度芽生えてしまったこの気持ちは、もう抑えきれない。

 信じていると言ってくれたルカに、自分は精一杯応えたいのだ。





「父さん……もうやめようよ。」





 シアノは震えながらも、必死にレクトへ言葉を届けようとする。



「人間はみにくいなんて……本当は、そうじゃなかった。それだけじゃなかった。キリハたちは違った。人間をみんな殺しても、幸せになんかなれないよ。だから、もう―――」



「馬鹿なことを。」



 幼い心は、冷たい一言に一蹴されてしまう。



「今さら、この私が人間を許すとでも? ユアンが私からリュドルフリアを奪った……その時から、私にとっては人間である時点で、全てが憎むべき醜い存在でしかない。」



 言葉どおり、憎しみに満ちたレクトの声。

 それに、シアノは大きなショックを受ける。



「じゃあ……ぼくのことは、最初から嫌いだったの…?」



 すでに絶望に染まりつつも、その中にわずかな希望を見出だそうとするシアノの問いかけ。

 それに対する答えは―――



「愚かな子供だ。素直に私の言うことを聞いていれば……愛されていると思わせたまま、死なせてやったというのに。」



 期待したわずかな希望さえ、打ち壊してしまうものだった。



「う……うう…っ」



 もはや言える言葉がなくなったシアノは、大粒の涙を零して泣きじゃくる。

 その様子を見ていたミゲルが、切なそうな表情でシアノを抱き寄せた。



「これ以上は聞くな。」

「もう、何も聞かなくていいわよ。」



 ミゲルと同時に、レティシアもシアノにそう言ってやる。

 そんなレティシアに、レクトが噛みついた。



「レティシア!! どうして今になって、人間にくみするのだ!? お前は、私と同じで人間との絆に否定的だったじゃないか!!」



「はあ…?」



 レクトからの訴えが意外だったのか、レティシアが間の抜けた声をあげる。



「何を当たり前のことを…。私は、同胞の不始末の尻拭いをしてるだけなんだけど? で、利害が一致したから人間に協力してる。それって変? ドラゴンどうしでもそうじゃない。」



「だがお前は、人間と触れ合うことを嫌がっていたではないか!! それなのに…っ」



「それは事実だけど、イコール人間が嫌いってわけじゃないわよ? 単に面倒だから、深く関わりたくなかっただけ。でもそれは、人間に限った話じゃない。正直、リュード様と関わるのも面倒だったわよ? あの方のフォロー、大変なんだもの。」



「ならばどうして、人間に血を与えたのだ!?」



 理解できない、と。

 レクトは全身でそう語る。



「……まあ、キリハを気に入ったのは事実ね。あの子にはロイリアを守ってもらった恩があるし……あの子となら、友達になってもいいと思った。」



「友に、だと…?」



 レティシアが告げたのは、かつてのリュドルフリアと同じこと。

 その事実に、レクトは愕然がくぜんとする。



「でもね……そこに責任をなすりつけてもらったら困るわよ。」



 剣呑になるレティシアの声。





「それとこれとは別問題。私が今ここにいるのは―――私自身が、あんたをぶっ飛ばしたいからよ。」





 厳しく細められる、アイスブルーの双眸。

 そこには、苛烈な怒りが込められていた。


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