裏取引

「―――っ!?」



 それを見た瞬間、ジョーの表情がざっと凍りついた。



 今までの彼が、キリハたちの前では一度も見せたことがないその表情。

 しかしそれは、数秒にも満たないうちに無で埋め尽くされる。



「―――はっ…。なるほど。私を脅せるものは掴んでいる、と。どうやら私も、あなたのことを甘く見すぎていたようですね。」



 自分の声が、絶対零度に至るほどに冷えていくのが分かる。



 最悪だ。

 よりにもよって、その情報を掴まれてしまうなんて。





 それはこの国から―――自分の中からも、綺麗に抹殺したはずの情報なのに。





「脅しに使うつもりはない。お前の言葉を借りるなら、お前を引き入れるリスクを潰させてもらっただけだ。」



「そうですか。……そうでしょうね。そうなるでしょうね。」



 忌々しい限りだが、その情報を担保に取られては、自分は彼女に従わざるを得ない。

 少なくとも、彼女が持っている情報の全てを闇に葬り去るまでは。



 それを口に出して認めるのは、死んでも御免ごめんこうむるが。



 ノアを射抜くジョーの瞳は、人形のように感情を失っている。



「そんなに警戒するな。先ほども言ったが、これを脅しとして使うつもりはないのだ。これを世に掘り返すのは、さすがに酷というものだろう。あまりにもお前が憐れだ。ウルドに、ルルアからもこの情報は消しておけと命じてある。」



「憐れ、ね…。―――皮肉ですか?」



 こちらに最大のトラウマを突きつけてきておいて、何をぬけぬけと。

 静かに敵意をみなぎらせるジョーに、ノアは小さく吐息をつく。



「まあ、許せとは言わん。私も、少しばかり卑怯だという自覚はあるからな。だがこれで、お前と私は対等になれるだろう?」



「対等、ですか? 権力では、あなたの方が圧倒的に上なのに?」

「そういう意味ではない。この手負いの獣め。」



 やれやれと肩を落としたノアは、そこで話を切り替えるように胸を張った。



「さあ、話を本筋に戻そうか。何はともあれ、対等な立場になってしまえば、取引相手としてお前以上に信用できる奴はいない。それが、私がお前に会いに来た一番の理由だ。」



「その根拠はどこに?」



「一つは、敵からの攻撃を自分の益にできるだけの情報技術。もう一つはさっきも言ったとおり、お前のその貪欲さだ。」



「貪欲さ、ですか……」

「そうだ。」



 ジョーの呟きに、ノアは一つ頷く。



「お前は常に、人形劇の操り手でいたい人間だろう? そのために、どんな些細な情報ものがさずに網羅し、他者を見下ろす立場にいようとしているじゃないか。」



「………」



 おもむろに伸びてくるノアの手。

 それを、ジョーはただ冷たい表情で待ち構える。



 ノアはジョーが座る椅子の肘かけに手をつき、自分の顔をぐっとジョーに近づけた。



「欲しいならくれてやるぞ。ターニャよりも、ディアラントよりも近い位置に、お前を置いてやろう。お前の貪欲さなら、とっておきの情報があることをにおわせはしても、むざむざとそのとっておきを奪わせるようなことはすまい。お前が楽しめる範囲で、好きなように私の名前を使うがいい。もちろんタダでとはいかないが、悪い話ではないだろう?」



 読めない人だ。

 第一の感想はそれだった。



 彼女の言葉に嘘はないが、まさか全ての思惑を明かしたわけではないだろう。

 ターニャと繋がるためというのだけが目的なら、あんな爆弾をちらつかせてまで、自分を懐に引き込むわけがない。



 だが確かに、悪い話ではない。



 これは暴きがいがありそうだ。

 それに、肝を冷やされた分の仕返しは、どこかできっちりとさせてもらわなければ。



 にこり、と。

 ジョーはあえて、外面用の柔らかい笑みを浮かべた。





「お話、詳しくうかがいましょう?」




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