自分がいない景色
「ノア……なんでここに…?」
「無論、助太刀だ。」
質問に対する答えは、なんともシンプルなものだった。
「お前を引き抜いた際には、我が国でドラゴン関連の有事が発生した時に使っている航空機を貸し出そうと思っていてな。本当はターニャたちに見せてからと思っていたが、何やら緊急事態のようだったから、そのまま出動させたのだ。」
自慢げに語って、胸を反らすノア。
言われて頭上を仰げば、見たことのない航空機が上空に二機飛んでいる。
「ルルアは山間部の多い国だからな。空からの援護なら、どこにも負けないと自負している。」
「逆に陸は、個人の剣技に依存してる面が大きい手前、ちょっとフォローが薄いですけどね。」
溜め息混じりに突っ込んできたのはディアラントだ。
「むむ…。人が自慢しているところに、水を差すな。そこは、地の利を理解しているお前たちの管轄だ。」
「ごもっともです。先に行かせた後衛や支援部隊との連携は、問題なさそうですね。」
「ああ。さすがは、お前ご自慢の部隊だ。それに、セレニアの製薬技術には素晴らしく光るものがある。今回こんなに楽に動きを止められたのは、そこの参謀代表が的確に薬剤を撃ち込んでくれたからだろう。」
「今回はさすがに、タイミングを測るのに苦労しましたよ。始めの打ち合わせなんて、総無視なんですから。」
苦笑を交えたジョーが、それとなく会話に割り込んできた。
「その割には、えらく精度が高かったな。」
「そこにいる隊長が育ててる部隊ですよ? 受け手としての動きに強くなるのは、当然かと。」
「なるほど。納得だ。」
とてもドラゴンを前にしているとは思えないほど穏やかに、会話は流れていく。
「ところで、この後はどうすればいいのだ? あいつからは、ひとまず動きを封じれば、後はお前たちが対処すると聞いたが。」
「ええ、後は引き取ります。ジョー先輩、弾薬の準備は大丈夫ですか?」
ノアの言葉を受けたディアラントは瞬時に表情を引き締め、ドラゴンの方へと体を向けた。
「いつでもどうぞ? この様子だと、レベル
「そうですね。その方向で。」
ディアラントは、すっと目を細める。
ミゲルたちが警戒陣営を組んで囲んでいるドラゴンは、まだ戦意を失っていない。
首を貫かれて苦しい状態だろうが、それでも戒めから
「レベル七の麻痺弾と睡眠弾を撃ってあれだから、効果はいずれもいまいちだね。これだけの薬剤耐性を持ってるとなると、短時間でちゃんと仕留めるには、《焔乱舞》か血液薬しかないと思うよ。」
様々なデータを見ながら、ジョーは
「了解です。今回は《焔乱舞》を使いません。血液薬で仕留めましょう。腹は狙えないんで、オレが直接撃ち込みに行きます。」
はっきりと、《焔乱舞》を使わないと口にしたディアラント。
それに、誰も異を唱えることはしなかった。
「キリハ。ちゃんと見てろ。きっと、キリハのために必要なことだ。」
突然の宣言に驚いて言葉を失うキリハに、ディアラントはそう告げる。
キリハとノアを後方支援のラインまで下げた彼は、単身でドラゴンの方へと向かっていった。
「ディア。」
ジョーがディアラントを呼ぶと同時に、何かを放り投げる。
ディアラントが受け取ったそれは、銃の形をした注射器と、詰め替え用の弾が一発。
おそらく中身は、先ほどの話に出ていた睡眠薬と血液薬だろう。
「ミゲル先輩。オレはドラゴンの首に乗っかりますんで、何かあった時のフォローはよろしくお願いします。」
「あいよ。」
「ジョー先輩。生体データに何かしらの異常があったら、即座に教えてください。」
「了解。」
「その他の皆さんは、ミゲル先輩とジョー先輩の指示に従いつつ、いつもどおりの感覚で動いてください。」
「はい。」
注射器と弾を腰のベルトにしまいながら、ディアラントは次々に指示を飛ばす。
そして、そんな彼が剣を抜いてドラゴンの元へと到達するのは、あっという間の出来事だった。
一切の隙がない動きで、ドラゴンの首に剣を突き立てるディアラント。
途端にドラゴンが苦しげに暴れ出し、周囲に派手な水
その中でも全く怯まないディアラントは、剣の
剣とドラゴンの皮膚の隙間に注射器をねじ込んだディアラントが一発を撃ち込み、しばらく。
ドラゴンの動きが、明らかに
だが、依然として意識を手放すには至っていないのか、ドラゴンはまだ
「うわ…。これでもまだ動くのか。」
さすがに驚いたらしいディアラントが、目を大きくする。
「意識レベルと体温の低下が見られるから、確実に効いてはいるはずなんだけどね。これまでで、一番の薬剤耐性種と見て間違いないよ。これ以上の無力化は、手持ちの材料じゃ無理だ。」
「分かりました。ちょっと可哀想ですけど、ここで手を打ちましょう。採取班、三分以内でお願いします。」
ディアラントの言葉を聞き、前衛の中から数人がドラゴンに駆け寄っていく。
彼らは慣れた手つきで、ドラゴンから必要最低限の生体サンプルを採取していった。
「………」
キリハはただ黙したまま、そんな彼らの姿を見るしかできなかった。
見ていろ、と。
尊敬する師匠の言葉が、呪縛のように体を縛っていた。
見つめて、ちゃんと考える。
今まで生きてきた中で、一番頭を使う瞬間だった。
ディアラントも他の皆も、自分が今回の討伐に参加しないことに、何も違和感を持っていないようだった。
もしかしたらノアの協力があることも、今回は《焔乱舞》を使わないということも、自分以外の人々には事前に伝わっていたことなのかもしれない。
でもそれは、決して自分を除け者にしたいからじゃない。
あんなにたくさんの人に、ルルアに行くなと言われたのだ。
ここにいる人たちは、自分がちょっと悩んだくらいで見限ってくるような冷たい人じゃない。
ならきっと、今黙ってディアラントに従う彼らの真意は、もっと違うところにあるはずだ。
考えろ。
今限界を越えないで、一体何を選択できるというのだ。
見たくないと思ってしまう現実を見つめながら、必死に思考を巡らせる。
たくさんの人からもらった言葉を思い返し、その意味をなぞる。
『オレたちがお前のことを信じてるように、お前もオレたちのことを本当に信じてくれるなら、〝ここは任せた〟って笑って、ルルアに行ってこい。』
「―――っ!!」
ルカの言葉が脳裏で弾ける。
ルカはあの時に言った。
自分がいなくなることで開く穴は大きくとも、ちゃんとそれを埋めてやると。
皆は今、それを証明してくれようとしているのではないだろうか。
これは、自分がルルアを選んだ時の景色。
《焔乱舞》と自分がいなくなった未来の景色なのだ。
それでも大丈夫だと。
安心してここを任せてくれと。
それが、皆が自分に本当に伝えたいことなのではないだろうか。
今だけじゃなく、今後自分が任務を終えて宮殿を離れる時が来ても、自分が笑って別れを告げられるように。
一人の民間人に依存しないようにというディアラントの言葉も、軍人としての責務を忘れるべきではないという意味だけではないとしたら。
それはきっと、自分の自由を奪わないためのものでしかなくて―――
(みんなは……もし俺がルルアに行きたいって言っても、俺のことを責めないんだ。)
ここにいる全員が態度で語ってくれる想いがこんなにも嬉しいのに、心はとても切なくて苦しい。
皆のことは信頼しているのだ。
きっと彼らなら、自分がいなくなったとしても任務を無事に遂行するだろう。
ノアの手助けがなくたって、彼らは絶対に、自らの実力で困難を乗り越えていく。
それは分かっているのに、自分の心が訴えるこのもやもやは何なのだろう…?
ドラゴンからサンプルを採取した人々がすぐに離れていき、ディアラントが弾を入れ替えた注射器を構える。
一切の
最後の力を失い、ドラゴンの頭がどさりと地面に落ちる。
その刹那、ドラゴンと目が合った。
「……て…」
脳裏が真っ赤に染まる。
「みんな、離れて!!」
気付けば衝動が訴えるまま、体が動くままに、腕をひらめかせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます