自分が望むこと

 キリハの叫びを聞き、ディアラントやミゲルたちが、とっさに地面を転がるようにしてドラゴンと距離を取る。



 それからほとんど間を置かず、灼熱の塊がドラゴンを包み込んだ。



 炎と湖が触れた箇所からすさまじい量の湯気が立ちのぼり、周辺を真っ白に染める。



 その中でドラゴンの体を戒めていた鎖と杭がどろどろにけていく様が、放たれた炎の威力がどれほどのものかを知らしめていた。





「―――ノア、ごめん。俺はやっぱり、今はここを離れられない。」





 《焔乱舞》を強く握り締め、キリハは告げる。



「ここにいて、満足できないことはいっぱいある。でも俺は、今の役目を誰にも取られたくない。」



 ようやく見えた。



 この胸が訴える、もやもやの正体。

 そして、自分が何を望んでいるのかが。



「ディア兄ちゃんに言ったんだ。レティシアたちの命は、俺が背負いたいんだって。これも一緒だ。誰かに任せるなんてできない。俺がちゃんと、自分の目で最後まで見届けないとだめなんだよ。そうじゃなきゃ俺はこの先、何があっても後悔する。」



 よく分かった。

 ルルアに惹かれているのに、ここを離れる踏ん切りがつかなかった理由。



 覚悟はあるか、と。

 そう問われたあの日を思い出す。



 初めは、必要に駆られて交わした約束だった。

 でも死の縁で再度この剣を掴んだ瞬間、その約束は自分の中に、ちゃんとした意味を持って根付いたのだ。



 我が意志の代弁者たる資格を与えよう、と。

 一度は与えられて手放しかけた資格を、あの時に自分は、自分の意志で掴みに行った。



 背負うって。

 はっきりと、そう答えたのだ。



 無言で《焔乱舞》を見下ろす。



 もうこれは、奇跡で転がり込んできた力じゃない。

 自分から望んで手に入れた力だ。



 だからなのかもしれない。

 さっき、ドラゴンが目を閉じるその瞬間。





 ―――〝助けて〟と。





 確かに、そう訴えられたように感じたのは。



 今となっては、ドラゴンの心を直接知ることができるのは自分だけ。

 ならばどうして、この役目を他人に譲ることができるだろうか。



 壊れたドラゴンにとって、唯一の救いになるこの炎を。

 それを手にした意味とその責任を。



 今になってそれらを放り投げることなど、自分が自分に許せない。



「この国の人たちのためなんかじゃない。俺は、俺のためにここにいたい。これは最後まで、俺の手で終わらせる。」



 怒られてもいい。

 ののしられてもいい。



 これが、本当に自分が望むこと。



 誰にも代わりなんてさせない。

 一つの命がついえるこの時は、絶対に自分が見届ける。



 それが、胸を張れる自分の答えだ。



 辺りに落ちる重たい沈黙。

 その末に。





「―――合格。」





 一言。

 目を閉じてこちらの言葉に耳を傾けていたディアラントは目を開くと、いつものように優しげで明るい笑顔を浮かべてくれた。



「そこまで言えるなら上等だ。ルカ君も、文句はない?」



「……別に。オレは、そいつを追い出したかったわけじゃねぇからな。そいつが自分で決めたんなら、それでいいんじゃないか? それにお前の弟子なんだから、ここまで言ったらテコでも動かねえだろ。」



「よくお分かりで。ってことで、諦めてくださいね。ノア様?」



「………………致し方ないな。」



 かなり渋った後に、ノアは小さく肩を落とした。



「なんか、期待させといてごめんね?」



「傷口をえぐるな。今必死に、思考を切り替えてるところなのだ。二度もこの手を食らうとは思わなかったぞ。」



「ごめん……」



 ノアに恨みがましい視線を向けられ、キリハは気まずげに頭を下げるしかない。

 ノアはしばらくそんなキリハを見つめていたが、ふとした拍子にその表情をやわらげた。



「でも今のお前は、私が純粋に惚れた時と同じ目をしている。私も、心から応援できるというものだ。その心のまま、まっすぐに進んでいけ。何度でも言ってやろう。お前は間違ってなんかいないと。」



「ノア…」



 キリハは目を見開く。



 初めて会った時に言われたその言葉は、あの時も今も、同じだけの衝撃をもたらしてくれる。

 それを、無駄にしたくないと思った。



 こんな風に強く背中を押してくれる彼女がもたらしてくれた、たくさんの思いと経験。

 その一つ一つを噛み締めて、これからの糧にしていこう。



「ありがとう、ノア。」



 笑って礼を言うと、ノアは一瞬言葉につまった後に苦笑を漏らした。



「お前には敵わんな。」



 その言葉の真意など当然ながら分かるはずもなく、キリハはきょとんと首をひねるだけだった。


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