大馬鹿野郎

「あ――っ!! やっぱり悔しい!!」

「帰り際までそれですか。さすがに見苦しいですよ。」

「黙らんか。」



 ノアから鋭い一瞥いちべつを受け、ディアラントはさっと目を逸らす。

 なんだかんだと、仲のいい二人だ。



 ディアラントやルカたちと共にノアを見送りに来ていたキリハは、その様子にくすりと笑みを零す。



「そうですよ。メインは取りのがしても、その他で収穫はたくさんあったでしょうに。」



 ディアラントに加勢する形で突っ込んできたのはジョーだ。



「それはそうかもしれんが……」



 ディアラントの時とは違い、ノアは明らかに覇気のない声で言葉を濁す。



「そ、それより! 例のものは用意したのか?」

「分かってますって。これでしょう?」



 無理に話題を変えてきたノアには触れず、ジョーは持っていたかばんから、薄型のノートパソコンを取り出す。



 それを見たノアが、まるで子供のように表情を明るくした。



 そのままパソコンへと手を伸ばしたノアをひらりとけ、ジョーはなかば呆れたように瞳を細めた。



「一応みんなが見送りに来てるんですから、少し我慢してください。飛行機の中で、いくらでも話は聞きますから。」



「えっ?」



 キリハは思わず声をあげる。



「ジョー……もしかして、ルルアに行くの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」



 ジョーはさも当然のようにそう言った。

 その瞬間、この展開を待っていたと言わんばかりにノアの目が輝く。



「実は、滞在中にこっちの研究部を一部見せてもらったんだが、セレニアの繊細な技術力の高さに惚れ込んでしまってな。どうにかセレニアの技術を取り入れたいと、色んな奴に相談しまくったのだ。」



「で、さすがに国家直属は無理ですよってことで、手頃な製薬会社を紹介してあげたってわけ。」



「うむ。それで私も、国際的なやり取りに強い会社を見繕ったわけなのだ。企業間のやり取りならば、国交問題になることはあるまい。」



「ふーん。……それで、なんでジョーがルルアに行くことになったの?」



 いまいちピンとこないキリハは、小首を傾げるしかない。



「まあ成り行きとはいえ、こっち側の交渉窓口は僕がやったからね。とりあえずルルアで顔合わせってことになったんだけど、最初だけは、僕とノア様が代表者として顔合わせに出席することになったの。」



「あとは、親父さんに泣かれたからだろ?」



 意地の悪い顔で、ミゲルが横槍を入れてくる。



「こいつ、会社の選定がめんどくさいからって、自分の親父さんが勤めてる会社を差し出したんだぜ。」



「え…」



「僕は話を振っただけだもん。乗り気になったのは父さんたちの方だよ。」



「んで、乗り気になったのをいいことに、散々無茶振りして色々と話をまとめたら、せめて現場で直接引き継ぎをしていけってごねられてんだ。自分で振り回しまくった自覚がある手前、下手に断れなくてこの様だ。自業自得ってやつだぜ。」



「ミゲル、しゃべりすぎ。」



 言い返せないのが面白くないのか、ジョーの顔が不愉快そうにしかめられている。



「……とまあ。そんなわけで、一週間ばかり向こうに行ってくることになりまして。」



「で、そんな美味おいしい展開を、みすみすのがすわけにいかないだろう? ルルアに滞在している間、どうせなら私の専属教師もやらないかと誘ったのだ。」



「専属教師…?」



 また話が、突飛な方向に……



 キリハが眉根を寄せると、ジョーが溜め息を吐いた。



「簡単に言えば、暇な時はノア様の遊び相手になれってこと。僕としては、何かを教えるつもりはないよ。僕が組み上げたプログラムをノア様が徹底的に攻略するっていう、ちょっとしたゲームみたいなもんだから。」



「そうなのだ! こいつときたら、素直に技術を教えてくれようとせんのだ。狭量な奴だと思わんか?」



「別に、お断りしてもよかったんですよ? 相手をして差し上げるだけでも、かなり甘い対応だと思っていただきたいのですが? 技術を盗むチャンスは提供してるじゃないですか。……まあ、たかが一週間で攻略できるとは思ってませんけど。」



「ほら見ろ! 嫌な奴だろう!?」



 ノアが喚く。



 ノアとジョーの間に何があったのかは分からないけど、とりあえず……



「なんか、かなり仲良くなってるね。」



 率直に感想を述べるとしたら、それだけだった。



「……まあ、諸々もろもろの調整で話す機会は多かったからね。ディアがこの方にあんな態度なのも納得したよ。変にご機嫌を取っても無駄っていうか、逆にこっちが損するだけっていうか。」



「ジョー先輩、分かってくれますかぁ!? ね!? 一度絡まれたら、誰だってこうなるでしょ!?」



「なんだ! 二人揃って、まるで私が手の焼ける人間みたいな言い方しよって!!」



「自覚があるなら、自重してください。」



「異口同音に、私のアイデンティティーを否定するな!!」



 ノアはディアラントとジョーの頭を叩き、頬を大きく膨らませた。

 しかし態度こそ不満そうだが、実はまんざらでもないというのは、その表情を見れば一目瞭然だ。



 こんな風に、触れ合ってしまえば誰からも遠慮されなくなるのは、彼女の大きな強みなのだろう。

 こんな彼女だからこそできることが、きっとたくさんあるのだ。



「さて、そろそろ時間ですよ。」



 ジョーに指摘されて腕時計を見下ろし、ノアが目を丸くする。



「おお、もうこんな時間か。では、最後に……」



 顔を上げたノアはキリハの前に立つと、キリハの手を自分のそれでそっと包んだ。



「色々と世話になったな。それと……私の都合で、振り回してしまってすまなかった。」



 突然、しゅんとうなだれてしまったノア。

 それに、ディアラントとジョーが心底驚いた顔をする。



「お前はディアラントやあのひねくれ者みたいに文句を言わないから、私としても気がかりで仕方ないのだ。私はお前のプライドを傷つけるようなことも言ったわけだし……その……私のことを、嫌いになったりしてないか……とか……その………」



「………」



 誰もが唖然としてノアを見つめる。

 そんな中、キリハはというと。



「え? なんで俺が、ノアのことを嫌うなんて思うの? 俺、ノアのことは結構好きだよ?」



 満面の笑顔で、平然とそんなことを言ってのけたのだった。



「だって、ドラゴンのことを気兼ねなく話せたのなんてノアが初めてだったし、ノアの話を聞いてると、わくわくして楽しいし。色々と大変だったけど、それでも俺は、ノアと会えてよかったよ。」



 キリハの言葉を聞いたディアラントが、青くなった顔を両手で覆う。

 そんな彼の肩をいたわるように叩き、ミゲルは同情的な表情でうんうんと頷きを返す。

 ジョーは必死に笑いをこらえている状態だった。



 ゴンッ



「いたっ」



 突如頭に衝撃が走り、キリハはとっさに頭を押さえて背後を振り向いた。



 拳を降り下ろした本人であるルカは、呆れたのか困ったのか、いまいち判断がつかない複雑な表情でそこに立っている。



「この場の全員を代表して言おう。」



 そんな大それた前置きをした彼が告げたのは―――





「大馬鹿野郎。」





 その一言のみだった。


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