フールからの注文

 口を開くと面倒なので、とにかく体を動かそう。



 そんなフールの提案により、キリハとルカはなかば引きずられる形でシミュレート室へと連行されていた。



 通常シミュレート室には訓練を行う人間しか入らないのだが、今日はキリハたちが逃げないかという監視目的か、サーシャとカレンに加えてターニャまでついてきていた。



「さてさて、ダブルモードで三十分コースかな~。」



 上機嫌のフールがタッチペンを両手で持ち、器用にタッチパネルとボタンを操作していく。



「ねえねえ、どっちがほむらを使う?」



 フールがくるりと振り返って、キリハとルカに訊ねる。



 《焔乱舞》は一本しか存在しない剣だ。

 故にシミュレーション訓練においても、設定でその使用者は一人に限定されている。



 未だに睥睨へいげいし合うキリハたちは何も答えない。

 すると。



「あ、じゃあ!」



 カレンが元気よく手をげた。



「あたし、いつもルカとペアでやってて、キリハが焔を使うところ見たことがないのよね。だから、キリハに使ってほしいな。」

「ほうほう、なるほどね。」



 まさにその言葉を待っていましたとばかりに声を弾ませ、フールはキリハを見やる。



「だって。ご指名だよ、キリハ?」

「……分かったよ。」



 キリハは諦めの息を吐き出し、レプリカの剣を手に取る。

 一方のルカはラックにしまわれた数々の武器の中から、得意とする二刀の短剣を取り上げた。



 シミュレーション用なので、もちろん刃は潰してある。



「………」



 ルカはキリハに意味ありげな視線を投げ、結局何も言わずに実践場へと入っていった。



 どうやらここで無駄口を叩くほど、ルカは剣技においての実力差をないがしろにはしていないらしい。



 何を言われるのかと少し身構えていたキリハは、ふうと肩の力を抜く。

 その背中に。



「キーリハ♪」



 フールが猫なで声で呼びかけた。



「今日はルカとの共闘がメインだし、ギャラリーもいるからね。じゃあつまらないから、その辺りよろしくね~ん。」



 キリハは思わず、フールにきつい目を向けた。



 気持ちの悪い声で、わざわざ注文をしてくるとは。



「……何分?」

「んー…。ターニャが取れる時間も少ないし、十分ってとこで。」

「分かった。」



 渋々頷き、キリハは実践場に向かう。



「フール。あなた、キリハさんに何か仕込みましたね?」

「えっへへ~♪」



 すでに何かを察しているターニャに、フールははぐらかすように笑うだけだ。



「ねえ、キリハとペア組んだことあるよね? 何かすごいことでもあるの?」



 フールの隠し事の真相を探ろうと、カレンはサーシャに訊ねる。

 しかし、サーシャはそれに対して難しそうに首をひねった。



「うーん……剣の腕が文句のつけようもないのは確かだよ。キリハとやると、すっごくやりやすいし。でも、あとはなんだろう? キリハって、ペア組む時はいつも私に焔を譲ってくれるから、実は私もキリハが焔を使うのは久しぶりに見るの。」



「おーおー。二人とも気になってるね?」



 フールはご機嫌でカレンとサーシャの周囲を飛び回る。



「まあ見ててよ。面白いものが見れるからさ!」



 宙で跳ね回るフールの目は、まるで宝物を自慢する子供のようにきらきらとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る