《焔乱舞》の秘技

(くっそー。フールの奴……)



 開始の合図と共に幻のドラゴンに向かって身を躍らせながら、キリハは内心でぼやいていた。



 何がいつものやり方ではつまらないだ。

 自分は、に出るつもりなどなかったというのに。



(どうなっても知らないからね。)



 腹をくくり、キリハは訓練に全神経を集中させることにする。



 一度だけとはいえ剣を交えているので、ルカの剣のくせはなんとなく分かっている。



 彼の剣技には、双剣ならではの攻撃域の幅広さと多様性がある。

 ただ、やはり利き手の右に時おり意識が傾くのと、そのまっすぐすぎる性格からか、彼の左側と真後ろに決定的な隙が生まれる瞬間があるのだ。



 だからルカと共に剣を振るうに当たって意識することは、まずルカに生まれる隙を埋めること。

 次にリーチの短い短剣を使うルカが、彼自身の攻撃範囲内に入り込めるように敵の気を引くか、敵の急所を的確に狙って隙を作ること。

 そして、ルカの攻撃域の直線上に入らないことだ。



 右手で暴れる《焔乱舞》のくせに身を任せつつもそれを利用し、キリハは剣を振る。



 最初に比べれば、この剣もかなり使い方のコツを掴んできたと思う。

 時々引きずられそうになるものの、大体自分の思うように剣を扱えるようになってきた。



(あと五分……)



 ドラゴン、ルカ、自分の動き。

 それぞれの攻撃のタイミング、速度、その軌道を見極めながら、キリハの脳内はその片隅で時を刻んでいた。



 ルカとの間に会話はない。

 そんなものがなくとも、彼が動きやすいように行動することは可能だからだ。



 受け手こそ、この流派の真骨頂。

 今の自分はルカにとっての空気となり、ドラゴンにとっての嵐となる。



(あと一分……)



 一秒の間も開けずに攻撃を浴び続け、ドラゴンは徐々にその動きをにぶくしている。

 対するこちらはノーダメージ。



 当然だ。

 あくまでもシミュレーションとはいえ、自分たちはドラゴンに攻撃させる暇を与えていないのだから。



(五、四、三……)



 ドラゴンの間近にいたキリハは、その柔らかいであろう腹に強烈な一撃を見舞ってから後ろへ跳ぶ。



(二、一……)



 この後、入れ替わりでルカが飛び込んでくるはずだ。





「――― 十秒だけお願い。」





 ルカとの立ち位置が変わる、すれ違いざまの一言。

 結果的に、これが訓練中に発せられた唯一の言葉だった。



 ルカは一瞬目を見開いたが、すぐに頭を切り替えて十秒間の戦いに専念している。

 そんなルカを目の端で確認し、キリハは目を閉じて一度戦闘から己を切り離した。



 意識を右手へ、さらにその先へと集めていく。

 握った剣の中で脈動するものの動きを取り込み、受け入れ、そして一体化させて自分のものに変換する。



 きっちり十秒で目を開き、キリハはドラゴンへと意識を戻した。



 剣と一体化した体は、具体的な思考なしで軽く動いた。



 身を引いたルカの横を、キリハがあっという間に追い抜いていく。

 次の瞬間、ドラゴンを中心としたその視界の右側で、目を焼く赤が爆発した。



 キリハが持つ《焔乱舞》が、その刀身から爆裂的な炎を吐き出したのだ。

 キリハは疾走の途中で剣を持つ手に左手を添え、ドラゴンの足の間に入り込んで身を屈めると、斜め上方向に渾身の一振りを放つ。





 鋭い斬撃の一閃から津波のように広がった炎がドラゴンの身を包み――― 全てが消失した。




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