いつもと違うノアの姿
一体、何が起こったらこうなるのだろう。
ソファーに座るキリハは額を押さえ、混乱する頭と静かに戦っていた。
ノアに引っ張られるがまま貨物船に乗せられ、どこかの空港に着いたかと思いきや、ウルドに連れられて広い部屋に通された。
そこからは代わる代わる色んな人にちやほやと構われ、一息つく頃には髪型も格好も綺麗に整えられていた。
「動きにくい……」
思わず溜め息が零れる。
真っ白なワイシャツにシックなワインレッドのネクタイを合わせ、上からは紺色のベストと黒のブレザー。
下はブレザーと同色のスラックスに、綺麗に磨かれた黒い革靴という今の格好。
一応《焔乱舞》は身につけているが、この格好が剣を振るのに適さないことは一目瞭然だ。
試しに、腕を伸ばしてみる。
普段着と違ってほとんど伸縮性のないブレザーは、それでもピッタリと自分の体にフィットしている。
下に着ているワイシャツやベストも、着心地は悪くない。
動きにくいのは単純に着慣れていないだけで、少し慣れれば、すぐにこの違和感もなくなるだろうことが察せされた。
よく見ればブレザーの袖や
先ほどは訳も分からぬうちに着替えさせられたので意識していなかったが、この服は相当高いものなのではないだろうか。
そんなことを思いながら一人で
「すまないな、キリハ。待たせてしまって。」
「もう、ノア。これって、一体 ―――」
言葉は、最後まで続かなかった。
ノアが歩を進める度に、薄手の黒いドレスがひらりひらりと揺れる。
胸の谷間を強調する襟元と、胸の下で絞られたドレスのシルエット。
それが、普段の格好からは想像つかない女性特有の色気を
アシンメトリーの膝丈ドレスから覗く脚はすらりと長く、ドレスと同色のピンヒールが、その脚の長さと白さをより際立たせていた。
「どうした? ぼけーっとして。」
目を丸くして言葉を失うキリハに対し、彼の前に立ったノアは軽く腰を屈めて問いかける。
緩いパーマがかけられた髪の一房が彼女の首筋から胸元に滑り落ちてきて、キリハの頬をくすぐった。
「……えっ………と……」
キリハは目をまたたかせながら、なんとか言葉を紡ごうと口を動かす。
「さっきまでと違いすぎて……びっくりした……」
素直な感想を一言。
すると、ノアは微かに頬を紅潮させて視線を逸らしてしまった。
「あんまりじっくり見るな。私も少し恥ずかしいのだ。ウルドの奴が、いつにもなく上機嫌で服を見立ててくれてな。その想いを無下にはできんだろう。…………変、か?」
「いや……すごく綺麗だと思う、けど。」
これまた率直な感想を告げる。
世辞ではない純な言葉は、そのままの意味として彼女に届いたのだろう。
ノアはキリハの言葉を聞くと、ほっと肩の力を抜いた。
「そうか、よかった。……なんか、こそばゆいな。綺麗だなんて言葉、いつもは私が言う側だからな。」
照れくさそうにはにかむノア。
普段の頼もしさを知っているせいか、その姿は余計に可愛らしく見えて、少しばかりどきりとしてしまう。
「……とはいえ、こんな格好ではせいぜい、小型ナイフを一本隠し持っておくのが限界でな。」
「わああああっ!?」
キリハは思わず叫び声をあげる。
ノアが突然、ドレスの
薄い布地の奥から
「か、隠して! 今すぐ隠して!!」
「ん? ああ…」
キリハがジェスチャーで裾を戻すように訴えると、ノアはすぐにドレスの裾から手を離した。
「なんだ。こういうことには、一人前に反応できるのか。」
「いや、まあその……ディア兄ちゃんに色々と見せられてはいるから、知識が全くのゼロってわけではなくてですね……」
どぎまぎしながら答えるキリハに、ノアがにやりと口の端を吊り上げる。
「なるほど。本当にお前には、こういう攻め方をしないと通じないのだな。」
「何が?」
「こっちの話だ。」
早々に話を切り上げたノアは、ソファーに座るキリハの両腕を掴んで引っ張った。
キリハがそれに応えて立ち上がると、彼女はその姿を上から下まで吟味するように眺める。
「ふむ、よく似合っているじゃないか。さすがはウルドだな。普段は可愛さが勝るが、今はちゃんとかっこよく見えるぞ。サイズもピッタリそうだな。セレニアの職人は仕事が早くて素晴らしい。」
「え…? どういうこと?」
「それは、私からのプレゼントだ。」
当然のようにそう言われ、数度目をまたたかせたキリハは、次の瞬間にぎょっとして飛び上がる。
「ええぇっ!? こんな高そうな服、もらえないよ!」
「そうはいっても、それはお前の体格に合わせてオーダーメイドしたやつだぞ? お前以外に、誰が着られるんだ?」
「そ、そんな……」
キリハは眉を下げておろおろ。
急にこんな贈り物をされても、困ってしまうというのが本音だった。
そんなキリハの様子をじっと観察していたノアは、ふとした拍子にすくりと微笑んだ。
「損な奴だな。やると言っているのだから、ありがたくもらっておけばいいだろうに。」
「だって……」
キリハは自分の格好を見下ろす。
「いくら馬鹿でも、これが安くないことくらい分かるって。俺は別に、ノアにこんなものをプレゼントされるようなことしてないのに……」
「じゃあ、今からその礼をしてくれればいい。」
その言葉にキリハが問うように首を傾げると、ノアは無邪気な仕草で肩をすくめた。
「今日一日、付き合ってくれと言っただろう? せっかくの休みなのだから、思い切り遊びたいのだ。本当はお前にフィロアを案内してほしかったのだが、どうやらお前も、私と同じくらいの有名人らしいからな。こそこそしなくてはならないのが難だが、一緒に遊びに行こうではないか。」
そう言ったノアは、次にドレスをつまむ。
「とはいえ、私はこのとおり丸腰に等しい。だから今日は、お前が私を守ってくれ。大統領のボディーガードともなれば、報酬はその服どころではないぞ。なんなら、追加料金を払おうか?」
「いやいやいやいや!! これで十分です!!」
勢いよく頭を振ると、それまで笑いをこらえるようににやけていたノアが、とうとう噴き出してしまった。
「あははははっ! 本当にお前は、面白い反応ばかりするな!! じゃあ、決まりだな。」
「ううぅ…。ノア、絶対に俺で遊んでるでしょ?」
「何を言う。全力で可愛がってるだけではないか。」
「そうなの…?」
訊ねると、ノアはうんうんと深く頷く。
まあ、本人が言うならそうなのだろう。
いろんな人がいるから当たり前だけど、こういう可愛がられ方もあるんだな。
すんなりと納得する、純真なキリハなのであった。
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