再びのプロポーズ

「本当に、今日一緒に遊びに行くことが、この服のお礼でいいの?」



 やっぱり少し不安なので、キリハは再確認の意味も込めてノアに訊ねる。

 すると、ノアは大きく首を縦に振った。



「もちろん。十分だ。ウルドが今日のために色々と調べて、場所を押さえてくれているのだ。まずこの後は、セレニアで話題だという歌劇を見に行って、それから……」



 嬉々としてこの後の予定を語るノア。



 それはまるで幼子おさなごにでも戻ったようなはしゃぎようで、その様子を見たキリハはようやく緊張感を解いて肩を落とした。



 自分にノアの相手が務まるのかは疑問だが、ノアがこんなに楽しみにしているのだ。

 せっかくの誘いを断るのも、逆に申し訳ない気がしてきた。



「でも……遊びに行くなら、みんなも呼べばよかったのに。みんなで行った方が、賑やかで楽しそうなのになぁ。」



「馬鹿者。大勢で行っては、お忍びにならぬではないか。」

「あ…」



「それに、デートに第三者が必要か?」

「…………ん?」



 デート?



 聞き捨てならない単語にキリハが困ったように眉を寄せると、それを見たノアが大仰な仕草で息を吐いた。



「やれやれ、ディアラントの奴め。肝心なことは、何一つ言わなかったな……」

「え…? どういう……」



「どうもこうも、私はお前に求婚したではないか。覚えてないのか?」

「きゅっ……求婚!?」



 キリハはあっという間に顔を赤くする。



「まあお前は、キスの時点で放心していたから無理もないな。では、改めて―――」



 ノアは柔らかく微笑んで、キリハの手を自分の両手で包む。



「キリハ。私は、お前の健気でまっすぐな志に惹かれた。そして、これからを共に歩むなら、お前みたいな人間がいい。私と、生涯を連れ添ってはくれないか?」



「えと……あの……」



 間近から微笑みかけられ、キリハは口をパクパクとさせる。



 これは、全く想定していない展開だ。

 恋愛感情がどうのこうのというレベルを、大幅に突破している。



 当然ながら、自分には異性との特別な経験がない。



 孤児院の友人たちがそんな話をしていた時もあったが、その時はほとんど話を聞き流していたし、この話題に関する相談だって、ルカとレティシアにしたのが初めてだ。



 圧倒的に経験不足である頭に、ノアの飾らない言葉が与えた衝撃はあまりにも強すぎた。

 その結果。





「えええぇぇぇっ!? 分かんないよぉ!?」





 脳内は大パニックに陥ってしまった。



「え!? これって、なんて答えればいいの!? どう答えるのが正解!?」

「いや、私に訊かれても……」



「じゃあ、誰に訊けばいい!?」

「いやいや。そこはお前が、自分で答えを見つけるべきことだろう。」



「でも俺、本当に分かんなくて!!」

「キリハ。」



 静かに名を呼ばれ、優しく頬を挟まれる。

 たったそれだけなのに、身も心もしびれたように動かなくなってしまった。



「落ち着け。」

「―――……」



 ノアの穏やかな表情。

 そこから目を離せなくなる。



「私のことが嫌いか?」

「……ううん。」



 首を左右に振る。



 彼女のことは嫌いじゃない。

 それは今の状況に流されているわけではなく、心の底からの本当の気持ち。



「そうか。なら、今はそれでいい。」



 心底嬉しそうに、ノアは笑みを深めた。



「別に、答えを急かそうとは思っていない。ゆっくり考えてくれ。」



 いつだって人の気持ちというものは、こんなにも強く胸に響いてくる。

 こう言ってくれるノアの言葉と態度には、嘘の一つもなくて……



「………っ」



 ごくごく自然に、胸が高鳴ってしまった。



 実際に、誰かを好きになってみないと分からない。

 なんとなく、ルカがああ言った意味が分かった気がした。



 知らない。

 こんな風に、何を言えばいいのか分からなくなるような胸の高鳴りなんて。





(でも……なんか、まだ違う気がする……)





 心の声がそう呟く。



 何かが違う。

 まだノアは、自分にとっての〝特別〟じゃない。



 そんな違和感がした。



「さあ、行こうか。デートなんて言ったが、今日はそんなことを考えずに、心行くままに遊びたいんだ。付き合ってもらえるかな?」



 当然のように、腕に手を絡めて歩き出すノア。



(……ま、今はいっか。)



 上機嫌で鼻歌なんかを歌っているノアを見ているうちに、幾分いくぶんか気持ちがやわらいできた。



 くすりと微笑んだキリハは、素直に彼女の隣を歩くことにするのだった。


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