大統領に至る想い
ノアとの間にあったあれこれはともかく、彼女と一緒にいるのは楽しかった。
ノアはディアラントと同じくらい、人を寄せつける力を持っていると思う。
でも、二人が他人に与える影響は全然違うように感じられた。
ディアラントはとても頼もしくて、自分の全部を受け入れてくれるようで、なんだか無性にこの人についていきたいと思わせる人。
対するノアは、どこまでも自分と同じ立場に立ってくれて、隣に並んで共に突き進んでいきたいと思わせるような人だ。
ノアに会ってから急激に自分の中で膨らむ好奇心が、その違いを明確に訴えてくる。
だからどうしようもなく、彼女と一緒にいることを望む自分がいた。
彼女といれば、もしかしたら知ることができるのかもしれない。
自分が知らない世界を。
自分が知らない感情を。
好奇心でわくわくしている、この心が行き着く先を―――……
ノアが笑って、自分も笑って。
休みなく色んな場所を巡っては、ふとした拍子にくだらないことを面白おかしくしゃべり合った。
そうして、あっという間に日は傾いて、夜になってしまった。
「すっかり遅くなってしまったな。」
「本当にね。今さらだけど、ドラゴンが出なくてよかったよ。丸一日宮殿にいないなんて、初めてだもん。」
苦笑いを浮かべながら、キリハはカードキーを通して宮殿の中へと入る。
「すまなかったな。さすがに、こんな時間まで連れ回す気はなかったのだが……」
「あはは、気にしないで。俺も時間を忘れてたもん。初めて行く所ばっかで、すっごく楽しかったよ?」
「そう言ってもらえると助かる。では、お前には違う言葉を贈るべきだな。」
ノアはにっこりと笑ってキリハを見つめた。
「ありがとう、キリハ。今日一日、私のわがままに付き合ってくれて。久しぶりに昔に返った気分で、私も楽しかったぞ。」
「昔?」
何気なく聞き返すと、ノアはこくりと頷いた。
「私も元は、庶民の出なのだ。」
「え? そうなの!?」
普通に驚いた。
普段のノアからは、生まれから偉い血筋だと言われても違和感もないほどに、気高い雰囲気しか感じられないというのに。
「そんなに驚くことか? 大統領になってからというもの、政務に追われるばかりでろくに休めなくてな。どこに行っても注目を浴びてしまうもんだから、外出もままならん。……昔は何をやろうが、誰も文句を言わなかったなんだがな。」
ふう、と軽い息をついたノアは、次にはまたにこやかな笑顔に戻る。
「だから、今日は久々に羽を伸ばせてよかった。たまには、遊ぶことも大事なんだな。」
「そっか…。うん、そうだね。」
キリハは微笑む。
そして。
「ねえ、ノア……」
ふと、その声のトーンを下げた。
「なんだ?」
こちらの心境を知ってか知らずか、ノアは穏やかに先を促してくる。
「ノアは、なんで大統領になろうと思ったの?」
その問いかけは、するりと喉を通って出ていった。
「なんで、か…。そうだな……きっと理由の半分は、自分の実力がどこまで通用するのかを試してみたかったからだろうな。何せあの時はまだ、政治の右も左も分からん若造だったからな。失うものも大してなかったし、好き勝手に暴れられたよ。」
その時のことを思い出してか、ノアは楽しげに肩を震わせた。
「あと半分は、つまらなかったからかな?」
「つまらなかった?」
繰り返すと、ノアは一つ頷いて星のまたたく夜空を見上げた。
「ルルアではな、何においても武術の腕前が絶対的な物差しなのだ。どんなに頭脳が秀でていても、そこに武術がついてこないと、その実力が認められない。大きな会社になればなるほど、国の中枢にいけばいくほど、その傾向が強くなる。必死に強くなって望む地位を手に入れても、そうなったらそこでは武術ではなく、身の丈に合わない知恵を求められる。おかしな話だろう?」
「う、うん……」
「その結果、武術がない人間はそれ以上の学があろうと切り捨てられ、武術に
ノアは静かに語る。
「だから、そんなつまらない国など、ど真ん中からぶっ壊してやればいいと思ったのだ。皆変わるべきだとどこかで思っていても、周囲から叩かれる杭にはなりたくなくて、昔からのしきたりに従う。なら、一国を担う存在がその杭になれば、皆が気兼ねなく変わろうと思えるんじゃないか。報われなくて、諦めて……―――そして、全てを投げ捨ててしまう人間が減るんじゃないかと、そう思ったのだ。」
〝全てを投げ捨ててしまう人間〟
その言葉が放たれた瞬間、今までのノアにはなかった
ここではないどこか遠くを見た瞳が、その瞬間に何を映していたのか。
ほんの一瞬の憂いは、瞬く間に冗談めかした笑顔に取って代わってしまう。
「……とまあ、偉そうに綺麗事を並べたが、これは大統領選挙のための演説だ。実際は、単純につまらなすぎて腹が立っていたんだ。私は昔から、しきたりとかしがらみってやつが大嫌いでな。若さっていうのはすごいな! たったそれだけの気持ちで、国を統べようとさえ思えてしまうのだから。」
話を締め
そんな彼女に向けて。
「違うよ。」
キリハは、はっきりとそう告げた。
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