第6章 復讐の道

死者への復讐

「―――あーあ……」



 そう呟いたジョーは、また顔を下に下げる。



「本当に、君ってさ……いつもいつも無意識で本質を見ては、余計なことに気付いちゃうよねぇ。……違うか。今回は、単純に僕がミスったってだけか。、ミスはするもんなんだよねぇ……」



 自嘲的に呟きながら、彼は笑いをこらえるように肩を震わせる。



「じゃあ……やっぱり……」



 もはや彼に真実を隠す気がないことを悟り、キリハはさらに一歩踏み込む。



「ああ、そうだよ。君が想像しているとおりさ。」



 キリハの言葉を肯定した彼は、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、自分の胸に手を当ててこう告げる。





「そう……―――アルシードは僕。十五年前に死んだのは、兄のジョーの方だよ。」





 決定的な発言が、本人の口から飛び出した。



「そんな……」



「信じられない? 別に、信じなくてもいいよ? 誰にも疑わせないために、裏の世界を生き抜きながら情報を網羅して、アルシードの存在を徹底的に消してきたんだ。僕がアルシードであると証明できる証拠なんか、もうこの世に存在しない。」



「どうして……そんなことを……」

「どうして……どうして、ねぇ……」



 ゆったりと。

 こちらの言葉を繰り返した彼は、にっこりと笑う。



「ねぇ、キリハ君。十五年前に死んだのが僕ってことはさ……土の中に眠っているのが誰であれ、墓を見た人間は僕のことを考えるよね?」



「え…? う、うん……」



 それは当たり前のこと。

 だって、墓石にアルシードの名前が刻まれていれば、普通にそれがアルシードの墓だと思うわけだから。



「それでね、この先僕がジョーとして死んだとするじゃん? そしたらさ、ジョーの墓を見た人間はその中身―――結局、僕のことを考えるわけじゃない?」



「あ…」



 目をしばたたかせるキリハの前で、愉快になってきたらしいジョーがくつくつと笑い声をあげ始める。



「あいつに墓なんてやらない。誰にもしのばせない。そして僕は、弟を殺した兄だと囁かれながら、自分勝手に生きて死んでやるんだ。そうすれば、僕が死んだところで誰も悲しまないでしょ? そもそも僕が死ぬ前に、あいつのことを覚えている人間なんか全員死ぬだろう。それが、僕の計画。」



「計画…?」

「うん。」



 とても楽しそうな口調で、ジョーはこくりと頷く。



「自分が死んだことにも気付いてもらえず、ただ忘却の彼方に消される……死んだ人間に対する復讐として、こんなにもピッタリな方法はないと思わない?」





 滾々こんこんと湧き出る闇の真髄が、ジョーの―――アルシードの全てを覆い尽くす。





 彼の姿が黒く染まって見えるような錯覚すら覚えて、キリハは背筋を震わせた。



 彼がかもし出すのは、全身全霊の恨み。



 彼がそこまで兄を恨んでいるということは、先ほどジョーの立場から語った裏切りの話は、嘘偽りない事実だったということだ。



 裏切った兄としての罪悪感なんて生ぬるい。

 裏切られた弟として味わった恐怖と絶望は、それよりもはるかに深い傷を彼に与えただろう。



 現に死にかけるほどの発作に見舞われている彼を見れば、それは明らかだった。



「……ま、実際には父さんたちとケンゼルさんたちが結託したせいで、僕の墓なんか作られなかったんだけどさ。あいつの墓も、僕が知らないどこかにあるみたい。……まあいいさ。父さんたちくらいは、見のがしてやるしかないよね。いくら裏切り者のくそ兄貴だとしても、あの人たちにとっては大切な息子だろうから。それに……どうせ墓を作ったとしても、。」



 心底興味もなさそうに、ジョーはそう告げる。



「中身がないって、どういうこと…?」

「まんまの意味だよ。あいつの遺骨がないんだ。」



 そう言った彼はまたにっこりと笑って、さらなる衝撃の事実を語り出す。





「だってあいつ、口封じで殺された上にバラバラにされて、僕を運ぶ船から海にばらまかれちゃったもん。僕が保護された時には、魚の餌にでもなってたんじゃない?」





 それは、あまりにも救いがない結末で―――……




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