近づく別れ

 この数日、腐るほど考えた。



 闇に落ちていきそうだった心に、ギリギリのところで何度も逆らった。

 でもそれは明確な答えではなくて、選択する時を先延ばしにするための悪足掻き。



 自分がもし、早々に決断できていたら。



 ルカやレクトにいち早く寄り添って、彼らを説得できていただろうか。

 そうしたら、ロイリアが壊れそうになることもなかっただろうか。



 ただ、そうしていたら、アルシードの本当の姿やサーシャの気持ちを知ることはなかったかもしれない。



 そう思うと、闇の中で停滞した時間も大切だったんだと感じるから複雑だ。



 失ったものも、得たものも大きい。

 紆余うよ曲折を経た今、はっきりしていることは一つだけ。



 どんなに周りが真っ暗だとしても、自分は光を掴んでいたい。

 光となるこの信念だけは、絶対に変えたくない。



 なら、自分はそのために何をするべきなのだろうか……



「ロイリア……」



 久しぶりに空軍施設跡地に足を踏み入れたキリハは、切ない気持ちで胸を握り締めた。



 ぐったりと地面に横たわるロイリア。

 その全身には重たげな鎖が幾重いくえにも巻かれていて、太い杭が鎖を地面に固定している。



 レクトの血によって、ロイリアが倒れてから一週間ばかり。



 基本的には薬で眠らせているものの、時おり苦しんで暴れ出すことがあり、鎖の数を増やすしかなかったそうだ。



 それはまさに、以前オークスに見せてもらった資料と同じ光景。



 ドラゴンに友好的な国でさえこういう対処を取らざるを得ないと聞いていたが、実際に目にすると心が痛い。



「うー……キリハ…?」



 近くに膝をついて首筋をなでると、ロイリアが弱々しい声をあげた。



「うん。大丈夫? どこか痛いところない?」

「だい……じょうぶ……」



 気丈にそう言うロイリアだが、すぐに目を閉じてうなってしまう。

 そんな姿を見ていると、彼がいかに壮絶な苦しみに耐えているのかを知らしめられるようだった。



「ごめんね。俺のせいで……」

「ううん。違うよ。」



 自分の謝罪は、すぐさま否定されてしまう。



「キリハのせいじゃない。キリハのせいにならないように……ぼく、頑張って治すよ……」



 それを聞いたキリハは、眉を下げる。



 純粋で前向きなロイリアの言葉。

 ちょっと前までなら、自分も同意して励ませたと思う。



 だけど……



『三百年前も、リュードや竜使いの子たちと散々手を尽くしたんだ。でも……レクトの血からのがれられた子は、いなかった。』



 ユアンの言葉が、心に重いおりを落とす。



 ロイリアはもう、殺すことでしか救えない。

 それが抗いようもない結末なら、彼を助けようと延命処置に苦心するのは、正しい判断なのだろうか。



 ここで散々苦しみを引き伸ばして、討伐でさらなる苦しみを与える。

 それで、ロイリアは本当に救われるだろうか。



 それならいっそのこと、浄化の炎で一瞬の内に終わらせてあげた方がいいのでは…?





 ―――チリッ……





「―――っ」



 脳裏にひらめく赤い色。

 それに、ぞっと背筋が凍りついた。



 今の一瞬で分かってしまった。



 《焔乱舞》が己の役目を果たすために、自分の思いに応えようとしている。

 今呼べば、あの剣は簡単にこの手に舞い戻ってくる。





 ―――ロイリアは、





(どうしよう……どうすれば……)



 嫌だ。



 呼べない。

 呼びたくない。



 まだ、ロイリアと別れたくない……



「大丈夫…。きっと治るよ…。お兄ちゃんが、治してくれるから……」



 自分を気遣って、ただ〝大丈夫〟と言ってくれるロイリア。

 それに何も答えられず、震える体で彼を抱き締めるしかなかった。


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