第3章 変化がもたらすもの

願いはただ一つ

 ―――おかしい。



 暗いそこに潜み、レクトは歯噛みしていた。



 ルカの協力により、ロイリアに血を流し込んでから一週間ばかり。



 多くの人間の感覚を借りて様子を見てきたが、未だに彼が暴れたり、処分されたという情報が流れてこないのだ。



 もちろん量にもよるが、これまでの同胞が狂うまでにかかった時間は長くても三日。

 一週間以上も理性を繋ぐことなんて、一度もなかったはずだ。



(さすがはレティシアの……リュドルフリアの血縁だけのことはあるな。私の血にも、ある程度の耐性を持っているか。)



 ふとした折に、リュドルフリアが言っていた記憶がある。



 自分は皆から畏怖される存在だったので、他のドラゴンたちからは離れており、子育てにも関わってこなかった。



 故に確実とは言えないが、眷竜けんりゅうたるレティシアの特徴を見る限りでは、どうも彼女は自分の血を引いているようだと。



 どうにか現状を探りたいものの、ロイリアの近くに行くであろうキリハは部屋に引きこもっていて、情報をシャットアウト状態。



 他の手駒は、ジャミルの一件で捕縛されてしまった。

 ジョーが目覚めてしまった以上、ルカをこっそりと派遣しても、即座に捕えられてしまう可能性が高い。



 それならば、やはりジョーをこちら側に引き込みたいところだが、彼は病院から姿を消してしまって行方が分からない。



 彼に交渉する機会を作る目的もあってシアノを向かわせたのだが、罪悪感の限界に達してしまったシアノは、なかなか病院に行こうとしないのである。



 崩壊の加速まであと一歩。

 このタイミングで、あちらでもこちらでも問題発生とは。



(下手に焦らぬ方がいいな。)



 自身が苛立っていることに気付き、レクトは溜め息を一つ。



 よく考えろ。

 自分は、ユアンを苦しめることができればいいのだ。



 キリハに自ら人間を傷つけさせることは叶っていないが、《焔乱舞》を拒絶させたことで、あの剣はその役割を果たせなくなった。



 様子を見ている限りでは、彼が再び《焔乱舞》を手にすることは不可能。



 現代によみがえったユアンとリュドルフリアの絆を潰すという本懐は、許容範囲で達成も言ってもいい。



 絶望に打ちのめされたキリハを見せつけられるだけでも、ユアンにはかなり効果的だ。



 ルカを取り込むことで、ユアンの領域に内部崩壊の種を植えつけることもできた。

 おまけの効果ではあるが、厄介な知将もほぼ機能停止状態。



 ここまでのきっかけを与えてやれば、人間が再起を果たすことは無理だろう。

 実際に、三百年前のドラゴン大戦は解決できなかったわけだし。



 ロイリアの件は、崩壊を加速させる一手でしかない。

 これが失敗に終わったところで、新たな手駒を増やしながら次の機会を待てばいいだけだ。



(やれやれ…。気付かぬうちに、ルカに触発されていたか…?)



 ここで初めて、誰かと共に動くことのデメリットを知る。



 ルカは早く人間を攻撃したくて仕方ないようだが、自分は別に時間に迫られているわけではない。

 目的が達せられるのであれば、人間が生きようが死のうがどうでもいいのである。





 どんな形であれ、彼の意識に自分という存在を刻み込めるのであれば―――……




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