勘づいた異変
(ロイリア……)
この日も懸命の治療を受けるロイリアを、レティシアはただ傍に寄り添って見つめる。
自分たちの中にあるのは、常に生きるか死ぬかの二択。
死期を悟ったら、その時が死期。
いつかキリハに教えた、ドラゴンの世界の常識。
長く生きてきた時間の中で、それに疑問を抱いたことはない。
弱肉強食で、縄張り争いも頻繁に起こる日々だ。
誰かが死ぬことは珍しくない。
昨日話した知り合いが翌日には戻ってこなくなることもあったが、それをいちいち
今だってその認識に変わりはないはずだけど、もしかしたら自分も、かつてのリュドルフリアと同じ道を辿っているのかもしれない。
ロイリアを救おうと一生懸命になる人間たち。
そんな小さな存在を見ていると、何かの奇跡でロイリアが助かるのではないかと……そんな期待を抱いてしまう自分がいる。
それほどまでに、自分はロイリアを失いたくないようだ。
生まれてすぐに母を亡くしたロイリアを、姉である自分が引き取って育ててきた。
それは、母親以外の親族とは縁遠いドラゴンの世界では珍しいこと。
たまたま母の死に目に立ち会ったことで、ロイリアを頼まれたのもある。
それに、無邪気にすり寄ってくる幼いロイリアを、なんとなく放っておけなかった。
自分しか頼れる存在がいなかったからだと言えばそれまでだけど、自分を
そしていつの間にか、自分の方がこの子に甘えていたのかもしれない。
「……ないで。」
「………っ」
か細い声が聞こえて、レティシアはハッとする。
「泣かないで…。ぼく、頑張るから……そんな、悲しそうな顔しないで……」
「ロイリア……」
健気な弟の言葉。
それが、こんなにも胸に
「ごめんね、守れなくて…。お姉ちゃんが、変わってあげられたらいいのに…っ」
こんなにも後悔したことは、これまでに一度もない。
初めて経験すると言ってもいいこの気持ちが、ただただ苦しかった。
「うう…。い、たい……」
その動きに合わせて、重たい鎖が
「ロイリア、どこが痛いの…?」
「頭……うう……」
「大丈夫……大丈夫…。昨日より痛くない…。一昨日より、もっと痛くないんだよ……」
「………」
「弱気になったら、病気に負けちゃうんでしょ…? だからぼく、絶対に弱気にならないの。」
「………」
「絶対に治る……絶対に治るんだよね? ぼくに毎日……そう言ってくれたじゃん。」
「……え?」
そこで、はたと思考が止まる。
「ロイリア……―――あんた、誰に言ってるの?」
絶対に治る、なんて。
自分は、ロイリアに一度もそう言ったことがない。
そんな気休めは言えない。
だけど、ロイリアは毎日その言葉を言われたと言う。
そんなこと、一体誰が……
「絶対に治る……―――お兄ちゃんが、治してくれるんでしょ?」
「―――っ!!」
レティシアは顔を上げて、周囲を見渡す。
真夜中の現在。
ロイリアの周囲には、数える程度の人間しかいない。
今この中で、口を動かしているのは―――
(なるほど…。苦しくて暴れた時に、怪我をしたこいつの血を飲んじゃったのね。)
そういえば彼は、暴れたロイリアを最前線で押さえていた。
自分も手伝ったので大事には至らなかったが、彼はその時にいくつもの引っ掻き傷を負っていたはずだ。
そういうことなら、納得である。
「えへへ…。ぼくね、ずーっとお兄ちゃんが大好きだったんだぁ……」
知っている。
髪を
一緒に遊んではくれないけど、その代わりにおやつをたくさんくれる。
自分から見たそれは単なる無視、もしくは厄介払いのための行為でしかなかった。
しかし、それで餌付けされてしまったロイリアはいたく彼に懐き、彼が近くにいると必ず突貫するようになったのである。
「どうしてって…。お兄ちゃん、いつもぼくに優しくしてくれたもん。」
「………」
「嘘つき。お兄ちゃんは優しいよ。だって……優しくなきゃ、ぼくを治してくれるなんて言わないもん。そんな、泣きそうな顔しないもん。」
「………?」
待った。
どうにもおかしい。
先ほど納得して消えたはずの違和感が、別の意味を引き連れて戻ってくる。
まさかとは思うが、この二人は今―――会話をしていないだろうか。
「お兄ちゃんがいるから、ぼくは頑張れるの。お兄ちゃんが自信をなくしちゃっても……ぼくは、お兄ちゃんを信じてる。」
ロイリアの言葉は聞き流し、疑惑の彼に注視する。
彼は大きく目を見開いて、数秒経ってから眉を下げて微笑んだ。
それは間違いなく、ロイリアの言葉を理解しているからこそ出る反応。
「ちょっと、あんた!」
思わず声を荒げる。
しかしそれと同じタイミングで、彼はロイリアの傍から立ち上がってしまう。
「待ちなさい! 待ちなさいったら!!」
必死に呼びかけるも、彼はこちらの声に一切反応しない。
遠ざかる後ろ姿は、あっという間に建物の中へと消えていってしまった。
「どういうことなの…?」
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