集められた理由

 緊急招集ともなると、さすがに雰囲気が違う。

 いつもより幾分いくぶんか張り詰めた会議室の空気に、さすがにキリハも表情を固くせざるを得なかった。



「皆さん、集まりましたね。では、これを見てください。」



 ターニャが示したのは、スクリーンに映された折れ線グラフだ。



「これは気象部が記録した、ここ二ヶ月の地震の発生回数を示したグラフです。ご覧のとおり、十日ほど前から急激に回数を増しているのが分かるかと思います。」



 ターニャが言うように、グラフは一ヶ月前辺りから右肩上がりになり、十日前周辺から勾配を増している。

 グラフの隣には、無数の赤い点が光っているセレニア国の地図が映っていた。



 おそらくこの赤い点は、地震の震源を示しているのだろう。

 こうして地図を見ていると、震源が南に集中しているのが分かる。



「……変なの。」



 地図を見るや否や、キリハはそう述べていた。



「変?」



 片眉を上げて聞き返してくるルカに、キリハはこくりと頷く。



「だって、地震の原因は離島の火山って言われてたよね? 火山はセレニアの北北東方向にあるのに、地震が南に固まるなんておかしいよ。でも、なんで南なんだろ…? 南方向に、プレートなんてなかったはずだけどなぁ……」



 ぶつぶつと呟いていると、周りの視線が不自然に集まってくるのを感じた。

 そちらを見れば、皆が意外そうな顔でこちらを凝視しているのが確認できる。



「キリハが、頭いいっぽいこと言ってる……」



 その場の総意を、フールが告げた。

 それを聞いたキリハは、不満そうに唇を尖らせる。



「な、なにさ…。地理とか理科は昔から得意なの。ちょっと変だなって思っただけじゃん。早く先を続けてよ。」



 いつまで経っても自分から離れない視線が気持ち悪くて、キリハは話題を元に戻そうと先を促す。



「ん~…。そうは言っても、この地震の問題点はキリハが解説してくれちゃったしね。」



 フールが言いながらターニャへ目配せをすると、彼女は首を縦に振って話を引き継いだ。



「キリハさんの言うとおり、この地震には不自然な点が多く見受けられます。それも当然のことで、そもそもこの地震の原因は火山ではないのです。」

「火山じゃない?」



 キリハが訊き返すと、ターニャはそれを首肯する。



「そうです。世間一般に火山の影響だと話が広まっているのは、それ以外の情報が漏れないように規制されているせいでしょう。」

「つまり、本当の原因を知られるとまずいわけだ。」



 指摘したのはルカだ。

 彼はすでに答えを導き出しているらしく、ターニャを射抜く瞳は険しい光を宿していた。



「徹底的に人払いをして、オレたちだけを集めて話をしているんだ。もったいぶらずに結論を言えばいい。」



 ぐっと。

 ルカの口調が冷える





「――― これは、ドラゴンが引き起こしているものだと。」

「!?」





 目をみはるキリハたち。

 対するターニャとフールは、深刻そうな表情で黙している。

 その様から、ルカの指示が間違っていないのだと知る。



「本当、に…?」



 キリハが訊ねると、気まずげに視線を逸らしていたターニャが意を決したように顔を上げ、手に持っていた小さな機械を操作し始めた。



 スクリーンに映っていた地図が拡大されていき、セレニア山脈の北部を示す。



「この辺りに、《ほむら乱舞らんぶ》が眠っている洞窟があります。あなた方も宮殿の任務に就いて三ヶ月。そろそろ、いい頃合いでしょう。」



 ターニャの平静な双眸がスクリーンから外れ、その視線がサーシャ、カレン、ルカ、そしてキリハへと順々に滑っていく。



「ドラゴンが目覚めるまで、もう猶予がありません。あなた方の優秀さは、私もフールも申し分ないと認めているところです。なので、あなた方には早急に洞窟へ向かい、ほむらの試練を受けていただきます。可能ならば、誰かが《焔乱舞》に認められるまで何度でも。」



「な、何度でも!?」



 キリハは素っ頓狂な声をあげた。



「ちょっ、ちょっと待ってよ! 焔の試練って、そんな何回もできるもんなの?」

「……試したことは、ありません。」



「じゃあ―――」

「でも、もう時間がないのです。私たちとしても、あなた方に賭ける他道がありません。」



「賭けるしかないって……」



 キリハは言いよどみ、ちらりとサーシャをちらりと一瞥いちべつしてから、とある懸念を口にする。



「俺たちでどうにかしようとしてるってことは、俺たちの任期は一年じゃ終わらないってことだよね?」



 《焔乱舞》に認められた場合の待遇は、また変わってくる。

 以前竜騎士の待遇について聞いた際、ターニャはそう話していたはずだ。



 この中に《焔乱舞》に認められる者が現れれば、自分たち四人がドラゴン討伐の中心核となるとも聞いた。

 それらの話を組み合わせれば、自分たちの任期がドラゴン討伐が終わるまでに引き延ばされるという推論には簡単に到達できる。



 そしてやはり、ターニャは否定しなかった。



「そうですね。……覚悟は、しておいてください。」



 ガタンッ



 視界の端で、誰かが立ち上がるのが見えた。

 引かれた椅子がその勢いに任せたまま床に倒れ、また大きな音を立てる。



 全員の注目を集める中、サーシャが顔を真っ青にして震える唇を両手で覆っていた。

 彼女の震えは徐々に大きくなっていき、とうとうこらえ切れなくなったサーシャは、きびすを返して会議室を飛び出していってしまった。



「サーシャ!!」



 とっさに呼び止めるも、サーシャの気配はあっという間に遠のいていく。



「ねえ、なんとかならないの!?」



 キリハは机に両手をついて、ターニャとフールに詰め寄った。



「竜騎士の任務っていっても、一年間っていう期間があるから、みんな義務に従ってるんだよ!? それが一年じゃ終わらないなんてなったら、サーシャみたいに怖いのを必死に我慢してる子はどうなるのさ! この際、焔に認められた奴は仕方ないとして、他はどうにかならないの? こんなの、いくらなんでも横暴だよ!」



 そもそも《焔乱舞》に選ばれなかったのなら、無理にドラゴンと戦う必要などないはずだ。



 運悪く、《焔乱舞》に選ばれた人間と同期で竜騎士隊にいただけ。

 それだけの理由で命を懸けて戦わなければいけないなんて理屈は、自分としては到底容認できるものではなかった。



「……分かりました。」



 しばし考え込む仕草を見せていたターニャだったが、彼女はそう言ってキリハと真正面から対峙した。



「私も、無理を通していることは理解しています。《焔乱舞》に認められた方以外に関しては、任務から外れることを認めましょう。」



「言ったね? その言葉、絶対忘れないでよ?」

「もちろんです。神官の名においてお約束します。」



 念を押すと、ターニャは揺るぎない態度で断言した。

 それを聞いた瞬間、自分の中ですっと心が決まる。



「分かった。」



 一度目を閉じ、また開く。

 キリハの目には、確固たる意志が宿っていた。





「そういうことなら、俺がやる。あの暴れ馬に、意地でも俺のことを認めさせてやるよ。」





 腹は決まった。



 戦いは、覚悟ができている人間だけがやればいい。



 サーシャにそう言ったのは自分だ。

 誰かが覚悟を決めることで戦いを望まない人間を救えるのなら、自分がその覚悟を決めればいい。



 キリハは目元に力を込め、ぐっと拳を握った。


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