嫌いな場所
平日とはいえ、ショッピングモールの中は多くの人々で賑わっていた。
「さてと。まずは、靴でも買いに行こうか。いつまでもそんなブカブカなブーツじゃ、申し訳ないもんね。」
シアノの足元を
それを一緒になって見つめていたキリハの腰に、ふとシアノがしがみついた。
「……シアノ?」
さっきまでは手を繋ぐことにすら、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのに。
一体、何があったのだろう。
突然の行為に戸惑い、キリハは目をまたたいてシアノを見下ろす。
「ここ、嫌い……」
着ていたパーカーのフードを真深く被り、こちらの体に顔をうずめてくるシアノ。
それはまるで、周囲の目を
それを見てハッとし、キリハは顔を上げる。
すれ違っていく数多くの人々。
彼らの視線はすれ違い様にこちらへと向き、離れていく彼らの間で密やかな会話が囁かれる。
ちらりと上方向を盗み見れば、吹き抜けになっている二階や三階からカメラを向けてくる人もいた。
この視線の多くは、自分に向けられたものだと思う。
だが、少なからずシアノに注目する人もいるだろうことは、深く考えずとも分かる。
フードを被っているとはいえ、その隙間から見える白い髪は、人目を引くには十分だ。
自分たちの近くを誰かが通り過ぎていく度に、腰にしがみつくシアノの体が強張る。
こうして周囲から向けられる奇異の目を嫌がるということは、それで嫌な思いをした経験があるということ。
「エリクさん。少しだけ、シアノをお願い。」
シアノの腕をエリクの腰に回させ、キリハは弾かれたようにその場を走り出した。
「ええっ!? キリハ君!?」
驚くエリクとシアノを置いて、キリハは広いショッピングモールの中を走る。
どうしても放っておけなくて、居ても立ってもいられなかった。
適当に目についた店に入り、目当てのものを買って二人の元に戻る。
時間としては、五分もかかっていなかっただろう。
しかし
少しでも早く、安心させてあげられたら……
それしか考えられなくて、とても短い距離を馬鹿みたいに必死に駆けた。
「ごめんね。俺とかエリクさんが慣れっこでも、シアノまでそんなわけないよね。当たり前なのに、全然気にしてなかった。ほんとにごめん。」
キリハは買い物袋に手を突っ込み、そこから取り出したニット帽をシアノに被せてやった。
人目を引く純白の髪を丁寧にニット帽の中にしまってやると、たったそれだけのことで、シアノの姿はほとんど目立たなくなる。
目の方は自分が壁になっておけば、なんとかなるだろう。
「ごめんね。多分、みんなは俺のことを見てるんだ。珍しくて見てるだけだから、シアノは気にしなくてもいいよ。それにね。」
キリハはシアノの頭をなでる。
「もしシアノのことを見てくる人がいても、俺たちといれば絶対に大丈夫。俺たちが、ちゃんと味方でいる。嫌な思いなんてさせないからね。」
強く。
強く語りかけた。
シアノの家は、フィロアにはないらしい。
ならばシアノは、ずっと一人きりでこの辺りをさまよっていたのだろう。
雨の中で、誰にも助けてもらえないまま。
そこでなんで、シアノが自分に目をつけたのかは分からない。
でも、そんなことはもうどうでもよかった。
今朝のフールの叫びだって
味方でいてあげたい。
せめて、シアノがちゃんとした居場所に帰れる日までは。
シアノは、きょとんと
そんなシアノの肩に手を置き、エリクは顔を上げてきたシアノに優しく微笑みかけて、キリハを示す。
ゆっくりと、エリクからキリハへと視線を戻したシアノ。
その幼い表情には安堵というよりも、驚愕と困惑が大きく表れているように見えた。
今はそれでいい。
シアノのこれからは、いくらでも変えていけるはずだから。
「行こう。」
キリハは、シアノに手を差し出す。
「…………うん。」
シアノが初めて、自分から手を伸ばしてくれた。
また一歩、小さな心に近づけたような気がして、キリハは無邪気に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます