かつてない反応

 一方その頃、カフェテリアに取り残されたルカとサーシャはというと、相も変わらずキリハの対処に手を焼いていた。



「………」



 腕を組むルカは、ぎゅっと眉を寄せて目を閉じている。



 いつもはうるさいキリハが黙ると、ここまで場の空気が気まずくなるとは。



 とりあえず、今は一人だと思い込むことにしよう。



 そう判断して無理やり目を閉じているのだが、そうすれば脳裏に思い出されるのは、先ほどのディアラントの奇行だった。



 こちらに対して、必死に言い訳するような態度。

 あれではまるで、自分とカレンが恋仲のようではないか。



 それは違う。

 違うと思う。



 カレンは幼馴染みだから必然的に一緒にいただけで、別に特別に思っているとか、そんなわけじゃないはずで……



 そうだ。



 だから、ディアラントがああやってカレンを連れ出したことを気にする必要なんてないし、ディアラントにあんなことを言われたからって、こんなにイライラする必要もないわけで……





「あああああっ! もうーっ!!」





 ルカはガリガリと髪を掻き回し、この状況を作り出した元凶であるキリハへと鋭い視線を向けた。



「いつまでアホ面してんだよ!!」



 キリハの背後に立ち、一切力加減をしないでその頭をはたく。



「ルカ君!」



 途端にサーシャが声を荒げたが、ルカはそれに構わず、キリハの頭を掴んで思い切り力を込めた。



「痛い痛い痛い!」



 さすがに、キリハが顔を歪める。



「なんでオレが、こんなとばっちり受けてんだよ!? それもこれも、お前がそんな風にぼけーっとしてるからだろうが! いい加減起きろ、この馬鹿猿!!」



「え…? あ……ごめん。なんかあったの?」



 目をぱちくりとしばたたかせるキリハ。

 どうやら、ディアラントがカレンを連れていったことには全く気付いていなかったらしい。



 そしてそんなキリハの態度は、ルカの苛立ちをさらに悪化させることになる。



「お前なぁ…っ。少しは周りを見ろ!! この大ボケ野郎!!」

「いたたたたたっ!!」

「もう! ルカ君!!」



 サーシャに全力で止められ、ルカは渋々キリハから手を離してやることにした。



「いったぁ…。なんか、ごめん……」



 目の端に涙を浮かべながら、キリハは痛む頭を押さえてテーブルに突っ伏した。



「気にさせるつもりはなかったんだけど……さすがに俺も、すぐには立ち直れなくて…。何があってこうなったのか、全然状況についていけないんだもん。頭の中ぐるぐるだよぉ……」



「ああ?」

「ううぅ……」



 ルカが不可解そうに片眉を上げると、キリハは頭を抱えたままうなり始めてしまう。

 その様子は確かに本人が言うように、現状を理解しきれずに混乱しているように見えた。



 いつものキリハなら、よく分からない状況に放り込まれても、物事の核だけは本能的に掴んでいる奴だったはずだが。



 ……なんだか、少しだけ違和感。



 ルカは露骨に顔をしかめながらも、内側で荒れる苛立ちをなんとか抑えた。



「うざってえ。」



 一言ぼやき、あえて乱暴な手つきで椅子を引いてキリハの隣に腰を落とす。



「……何があったんだよ。お前らしくもない。」



 本当にらしくない。

 目の前で情けなく眉を下げているキリハも、そんなキリハに気遣わしげな言葉をかける自分も。



「ルカ…」



 キリハがぽつりと名を呼んでくる。



 だめだ。

 早くも挫折しそうだ。



「べっ、別に、お前のことを心配してとかじゃないからな!? 単純に、オレの腹の虫が収まらないだけだから! だから、いちいちそんな変な顔するんじゃねぇよ!!」



 これだからキリハと話すのは、未だに慣れないのだ。



 キリハの反応は、自分の行動を映すある種の鏡のようだと思う。



 キリハがこうして表情を輝かせるほどに、自分がらしくない言動をしていることを思い知らされるようで、胸中が複雑でたまらなくなるのだ。



「……えへへ。ありがとう、心配してくれて。」



 そしてこの返しである。

 妙に突っ込まれても苛立つだけだが、そうやって素直に嬉しそうな顔をされても、居心地が悪くなる。



 もう何も言うまい。

 これ以上言い募るとさらに墓穴を掘りそうなので、ルカはそう決心して口を真一文字に引き結んだ。



「でもね……その………えっと……」



 途端に口ごもるキリハ。



 それにルカが視線だけを向けると、ルカと目が合ったキリハはほのかに頬を赤らめて、顔を逸らしてしまった。



「………っ」



 背筋に悪寒が走った。



 なんだ。

 その、今までにない反応は。



「うーん……」



 言うのを躊躇ためらっているのか、キリハは恥ずかしそうに手を組んだり開いたりしている。



「ルカ……これ、訊いていいことなのかなぁ?」



「知らねぇよ! とりあえずなんでも聞いてやるから、その顔と態度はやめろ!! マジで気色悪いから!!」



 懇願に近い叫びで訴えるルカ。



 全身に鳥肌が立って、寒くて仕方ない。

 これだったら、さっきまでのようにぼーっとしていてもらった方が何倍もマシだ。



「そんな変な顔してる…?」

「してるっての! 鏡見てこい!!」



「うーん…。ルカ、優しいのか優しくないのか分かんないよ。」

「お前にも原因あるからな!? そんな顔するくらいなら、さっさと吐き出しちまえ!!」



「そこまで言うなら……」



 ようやく踏ん切りがついたらしいキリハは、手を伸ばすとルカの袖を小さく引っ張った。

 それに応えてルカが体を傾けると、キリハはルカの耳に口を寄せてこそこそと何かを呟く。



 その刹那。





「―――っ!?」





 ルカの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。



「はっ……おま……はあっ!?」

「いや、だから―――」

「ストップ!!」



 ルカは慌ててキリハの口を塞ぎ、赤い顔のままサーシャを振り返る。

 それにサーシャが首を傾げると、ルカはまたキリハに向き直って椅子から立ち上がった。



「とりあえず、こっちに来い!」

「へっ!?」

「いいから!!」



 ルカはキリハを引っ張り、ものすごいスピードでカフェテリアを出て廊下を駆けていく。



「……あーあ。せっかくだから、ルカがなんて言うか聞きたかったのに。」



 こっそりとカフェテリアの中の様子をうかがっていたカレンは、少しだけ残念そうに呟いた。


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