召喚

「とりあえず、決勝進出おめでとさん。」



 キリハが持つコーヒーのカップに自分のそれをぶつけ、ディアラントは満足げに笑った。

 試合を終えた後一度宮殿に戻り、キリハたちは宮殿本部のカフェテリアに集まっていた。



 この後の予定は、午後二時から三位決定戦。

 そして午後四時から、本決勝戦となっている。



 試合までかなりの時間があるので、こうして皆で集まって昼食を取ることにしたのだ。



「うん。まあ……総督部の思う壺って感じで複雑だけど、ありがとう。」



 キリハはそう答え、手にしていたコーヒーを一口飲み込んだ。



「色々大変だったもんね。」

「ま、あと一試合終わっちゃえば、絡まれることもなくなるでしょ。」



 隣のテーブルに座るサーシャとカレンからも、それぞれに一言。

 その向かいに座るルカは、無言のまま食事を進めている。



「そうだな。キー坊に関しては、今年の受難はこれでひと段落するんじゃねぇのか。」



 冗談めかした口調で言うのはミゲルだ。



「今年はって……」



 キリハが渋い顔をすると、ミゲルの隣に座っていたジョーが苦笑を呈する。



「確かに、来年も覚悟はしておいた方がいいかもね。今年だけの特例だったけど、ここまで勝ち上がっちゃったら、来年もお声がかかるだろうし。」



「ええー…。絶対やだぁ。」



 散々な目に遭ってもうこりごりだと言うのに、来年も同じ思いをしなければいけないのかと思うと、考えただけでうつになる。



「いいんじゃねぇのか? 来年も強制的に出場させられるなら、思い切り暴れてやれよ。宮殿本部の人間にトップを独占されて、ただでさえ国防軍の面目は丸潰れだってのに、懲りずに同じ轍を踏むってんなら、来年も同じ展開にしてやりゃあいいんだ。いい気味ってもんよ。」



 何を開き直ったのか、これまで自分が大会に巻き込まれることに否定的だったミゲルが、急にそんなことを言う。



 まあ実際、ミゲルの言うことにも一理あるのだけど。



 今年の国家民間親善大会は、二日目までの試合を終えた時点で、ある意味つまらない結果となっていた。



 各ブロックの上位八名、計十六名。

 実にその三分の二が、ドラゴン殲滅部隊に所属する人間だったのである。



 キリハが割り振られたBブロックには国防軍の人間が数人残ったものの、ディアラントがいるAブロックの方は、完全にドラゴン殲滅部隊の人間で独占されてしまっていた。



 去年までは半々くらいの割合だったらしいのだが、今年は圧倒的に、ドラゴン殲滅部隊の実力が国防軍のそれを上回っていた。

 この中間結果に、勝ち上がった本人が一番驚いている状態だったほど。



 これがいわゆる、実戦経験の差というやつなのかもしれない。



 本決勝に上がったのは、キリハとディアラント。

 三位決定戦に駒を進めているのは、ミゲルとジョー。



 大会のトップ三人が宮殿本部の人間で独占されるのは、もはや揺るぎない決定事項だ。



 軍人の所属部隊など、ごく一部の人間しか気にないだろう。

 だがここまで露骨な結果が出てしまうと、国防軍が実情を隠しているドラゴン殲滅部隊に、世間のスポットライトが当たらないとも限らない。



 今までは《焔乱舞》に注目がかたよっていたため、ドラゴン殲滅部隊は国防軍の精鋭だと勝手に解釈されている節がある。



 誰も否定しないので、その認識は国民に浸透したイメージとなりつつあるが、ただでさえドラゴン出現への関心が高い世の中だ。



 ドラゴン討伐の最前線に立つこの部隊に今以上の話題と注目が集まることは、国防軍としては都合がよくないだろう。



「来年は、大会運営委員会の中でも意見が分かれそうですねー。」



 嵐を巻き起こした張本人は、暢気のんきにハンバーガーをかじっている。

 そんな師匠を横目に、キリハは大きく溜め息をついた。



「……いっそ、なんもなかったことになればいいのに。」



 何気なく呟いただけだった。





 ピ―――――――ッ





 その瞬間宮殿中に鳴り響いた警告音に、誰もが言葉をなくした。



「キリハ……」

「キー坊……」

「ごめんなさい……」



 その場の皆の視線を受け、キリハは両手で顔を覆う。



「確かに大会なんかなくなればって思ったけど、ドラゴンに出てきてほしかったわけじゃないんです……」



 これでは都合がいいのか悪いのか。



「そこで突っ伏してる暇があるなら、動いた方がいいんじゃないのか?」



 真っ先に立ち上がったのはルカだ。



「確かに。とりあえず、仕事は仕事。飯はまた後でってことで。」



 残っていたハンバーガーをちゃっかりと胃に収め、ディアラントも椅子から立って制服の裾を整える。



 その頃には周囲にいた他の人々も慌ただしく動き始めていて、今までの状況を考えると、思わずほっとしてしまうような喧噪に満ちていた。



 キリハは意識を切り替え、ディアラントやミゲルたちと頷き合う。

 そして、皆でその場から勢いよく駆け出すのだった。


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