第6章 伝説と謳われる男
破天荒な隊長命令
ドラゴンの出現が確認されたのは、セレニア南東部のクレアミ渓谷付近。
場所が場所だけに陸路での移動には限界があり、キリハたちはジェット機とヘリを乗り継いで現場へと急行していた。
「アイロス先輩、状況はどうですか?」
現場に到着するなり、ディアラントは後方で先遣隊を取り仕切っていたアイロスの傍へと駆け寄った。
「場所は最悪だけど、ドラゴンが小さくて助かったよ。
「相変わらず胃弱ですね、先輩。」
眉を下げて胃を押さえるアイロスに、ディアラントは苦笑する。
「とりあえず、お疲れ様です。指揮、変わりますよ。」
「任せました、隊長。」
アイロスと手を叩き合わせ、ディアラントは前方の戦況に目を向ける。
キリハもその隣に立ち、ディアラントと同様にドラゴンの様子を見やった。
現状は
ドラゴンは牙を剥き出しにして、先遣隊の人々と睨み合っている。
確かにアイロスの言うとおり、これまでに比べるとサイズは小さい方だ。
初期対応も成功しているらしく、翼を傷つけられて飛べなくなった様子のドラゴンは、姿勢を低くして
「……よし。」
考えることたったの三分。
ディアラントは、確信に満ちた顔で一つ頷いた。
「先輩方。少し、後ろに控えててもらっていいですか?」
後ろのミゲルたちにディアラントが出したのは待機指示。
次に彼は、隣にいるキリハの背中をぽんと叩いた。
「じゃ、キリハはオレと一緒にこっち。」
「へ? あ、うん。」
剣を抜きながら前線へと向かうディアラントに少し遅れながらも、キリハはディアラントの指示に従って、《焔乱舞》を手にその後ろを追いかけた。
ゆっくりと近づいてくるディアラントとキリハに気付いたドラゴンが、二人を警戒するように目元を険しくする。
普通なら震え上がってしまいそうな眼光にさらされながらも、ディアラントはその顔に笑みすらたたえていた。
ディアラントは前衛の最前線に立ち、静かにじっとドラゴンを見上げる。
そしてふと笑みを深め、伸ばした手を無線のスイッチへ。
「今回の討伐、オレとキリハ以外は全員待機!!」
その口から、前代未聞の指示が飛ばされた。
「えええええぇぇぇっ!?」
ディアラント以外の人々の絶叫が、この場に見事な大合唱を生む。
「おい、ディア!? お前、何考えてんだ!?」
「そ、そうだよ!」
ミゲルが皆を代表して言い、キリハも動揺してディアラントの制服の裾を掴む。
現場に着くまでにやった打ち合わせも、ターニャからの指示も、完全に無視しているではないか。
しかし。
「隊長命令です!」
ディアラントは簡潔に、一言そう言うだけだった。
「だから! ディア兄ちゃん、なんで―――」
言いかけた言葉は、ディアラントが急に鼻先に突きつけてきた人差し指に阻まれてしまう。
反射的に口をつぐんだキリハの前で、ディアラントは立てた人差し指をすっと上空へと向けた。
それを追いかけて空を見上げると、宮殿とは関係ないヘリコプターが数台。
「来るなって言われてるはずなのに、大会の空撮隊がくっついてきてんだよ。」
あえて無線のスイッチを入れっぱなしにしたままで、ディアラントは話し始める。
「どうせこうなったら大会は中止だし、だったらサービスしてやってもいいんじゃないかと思って。ドラゴンも小さいしな。」
雨天にも対応できる会場を使用する国家民間合同大会では、基本的に延期という対処は取られない。
有事の際には大会は中止となり、選手の扱いはその時の試合の進行度によって変わる。
今年の場合だと自分とディアラントが同時優勝、ミゲルとジョーがそれぞれ三位ということで記録されると聞いた。
ディアラントの真意を探れずにきょとんとするキリハに向かい、ディアラントはにかっと頼もしい笑顔を浮かべた。
「見せてやろうぜ。神すらも踊らせると言われた、流風剣の真髄を。」
一体、どんな視聴者サービスだ。
ディアラントのことを知り尽くしている自分でも、さすがにこの余裕っぷりにはついていけなかった。
「ディアラントさん。」
その時、沈黙に包まれそうになった現場に、無線のイヤホンを通してターニャの声が響いた。
「報告書、覚悟しておいてくださいね。いつものように、ジョーさんに手伝わせるのは禁止しますので。」
「ええっ!? そんなぁ!」
「当然です。討伐に参加していない方が報告書を書いてどうするのですか。」
顔を歪めるディアラントに、ターニャはぴしゃりと正論を叩きつけるだけ。
すると、反論の余地もないディアラントはさらに頬を引きつらせた。
「くそ、そこは盲点だった…。でも―――」
まっすぐに顔を上げるディアラント。
「ありがとうございます。信じてくれて。」
そう告げた彼の顔には、晴れやかな笑みが広がっていた。
それを聞いたターニャが、諦めたように軽く息をつく。
「そういうわけです。先遣隊の方々は、早急に後衛ラインまで下がってください。キリハが機転を
「え!?」
途端に、ディアラントが素っ頓狂な声をあげて飛び上がった。
「悪い、キリハ! 気付いてなかった!」
「うん。まあ、いつものことだから気にしないで。」
ディアラントにそう答えながら、キリハはターニャの助け舟に内心で感謝した。
威嚇くらいなら、そこまで集中しなくても炎の勢いをコントロールできる。
とはいえ、今日ほど《焔乱舞》の扱いに慣れていてよかったと思えた日はない。
ディアラントがあの仰天発言をかました時は、炎がぶれそうになってしまった。
ターニャの最終的な判断が下され、それまで最前線で剣を振るっていた先遣隊が、しきりにこちらを気にしながら後ろへと下がっていく。
本当に大丈夫だろうか。
不安げな顔が、そう語りかけてくるようだった。
「じゃあ、さくっと終わらせようか。」
自分とキリハ以外の人間が周囲にいないことを確認し、ディアラントはキリハに寄り添うように剣を構えた。
「まったく、無茶苦茶だよ。」
今回に関しては、その言葉しか出ない。
「まあまあ。キリハとなら、できると思ったからさ。」
ディアラントは、あっけらかんと笑うだけだ。
果たしてディアラントは、今回の隊長命令がいかに無謀か分かっているのだろうか。
昔からそうだが、彼は他人の度肝を抜くようなことを簡単に言うし、実際にそれをやり遂げてしまうのだ。
振り回されるこちらは、たまったものじゃない。
それでも、悪い気はしなかった。
ディアラントは決して実現不可能なことは言わないし、自分にできるからといって、それを他人に押しつけるようなこともしない。
〝キリハとなら、できると思ったから〟
これは、ディアラントの中で自明のことなのだ。
そして自信満々にそう言ってもらえるだけ、彼から揺るぎない信頼を寄せられているということでもある。
「しょうがないなぁ……」
キリハは苦笑し、《焔乱舞》を構え直した。
それを境に、世界が一変する。
隣にいるディアラント。
前方には、《焔乱舞》に怯えながらも、威嚇姿勢を崩さないドラゴン。
手の中で存在を主張する《焔乱舞》。
それらの存在を取り込み、自分の自然な動きをイメージ。
ディアラントが姿勢を低くしたのに合わせ、自分の体も自然と動いて体勢を整えた。
自分と剣が一体化する、心地よい感覚。
自分の存在が一陣の風となる。
ディアラントにとっての追い風に。
ドラゴンにとっての向かい風に。
どちらから示し合わせるでもない。
キリハとディアラントは自然に呼吸を合わせ、無言のまま同時に地面を蹴った。
この討伐劇が伝説として後世にまで語り継がれるようになるのは、まだ少し先の話である。
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