その翌日……

「―――以上、先日のドラゴン討伐の映像を見ていただききましたが…。先生、どのように評価なされますか?」



「そうですね…。私も評論家と名乗っている手前、辛口の方がいいと思うんですけど…。昨日の映像には、文句のつけようがないんですよねぇ。これ、私が評価できるようなレベルではありませんよ。」



「剣術研究の第一人者と言われている先生でもですか!?」



「いやはや…。ドラゴンをたったの二人で倒してしまうなんて、前代未聞ですよ。これまでの討伐風景を振り返ってみれば、今回の異常さがより浮き立つでしょう?」



「今回の成果についてディアラントさんは、〈先遣隊の適切な処置があってこその結果だ。〉と書面でコメントしていますが……」



「もちろん、そこを否定するつもりはありません。だけどあの二人なら、そんなものがなくても、ドラゴンを倒していたんじゃないでしょうかね。」



「そうかもしれませんね。映像解析の専門家に空撮映像を解析していただいたのですが、討伐時のディアラントさんとキリハさんの手は、一度も無線に触れた様子がなかったようです。『ドラゴンが倒れるまで二人の動きが止まることはなかったし、目を合わせていたような素振りもない。もしかすると、討伐中の二人の間には一切の会話がなかったのではないか。』というのが、解析から察せられることのようです。」



「一言の会話もなしに、あそこまでの動きができるもんなんですねぇー……」



「先生がそんなことを言っちゃうんですか!?」



「ちょっとあの二人に関しては、私の生き字引でも表現できないですよ。今度ぜひ、二人揃って研究させてほしいくらいで。なんにしても、国家民間親善大会の決勝戦に匹敵するくらい、面白いものを見せてもらいましたよ。」



「そこなんですよね! 大会規定に基づいて、今大会はディアラントさんとキリハさんが、師弟揃っての同時優勝ということになりますけども、ぜひともあの二人の決勝戦は見たかったですね! 街の皆さんからも、決勝戦の中止を惜しむ声が多数寄せらせました。それでは、実際の皆さんの声を聞いてみましょう。」



 セレニアで一番親しまれている朝のニュース番組。

 画面の向こうでは、アナウンサーと専門家が大興奮でトークを繰り広げている。



「あほらし……」



 歯を磨きながら適当にテレビを眺めていたキリハは、そんな空虚な感想を零した。



 昨日のディアラントの突発的な計画変更は、特にドラゴン討伐に支障をきたすことはなかった。

 ドラゴンが小さかったことと、先遣隊の処置があってのことではあるが、いつもより効率的かつ迅速に討伐が進んだと思う。



 それもそうだろう。

 ドラゴンに対して、たったの二人で特攻したのだから。



 あの時は、自分もディアラントも割と本気で剣を振るった。

 テレビに映る専門家は、会話なしにあそこまでの動きができるのかと言ったが、当事者として言うならば、本気だからこそ余計な会話が必要なかったのだ。



 その結果ドラゴンは、ほとんどこちらに攻撃を仕掛ける隙もなく弱っていき、最期には《焔乱舞》の炎に飲み込まれた。



 テレビのチャンネルと一通り回し、あまりの盛り上がりように溜め息しか出るものがない。



 サービスとはよく言ったものだ。

 おかげで、世間はある意味大混乱ではないか。



 目立つことは仕方ないから諦めた方がいい。

 エリクに言われたことが、今さらながらに身にみる。



 きっかけは全面的にディアラントのせいだと言い切れるが、途中からなかば意地になって決勝まで進んだのも、昨日ディアラントと共に剣を振ることを受け入れたのも自分だ。



 結局のところ、ここまで話題を大きく育てた要因の一つが自分の行動だというのは、否定する余地もない現実なのである。



 とはいえ、ディアラントの弟子だという時点で、すでに色々と手遅れだったようにも思えるのだけど。



「出かけようかと思ったけど、きつそうだなぁ……」



 のんびりと呟く。



 二週間連続で土日が潰れた上に、昨日のドラゴン討伐だ。

 ターニャの計らいで、自分と大会三日目まで勝ち上がっていたドラゴン殲滅部隊の人々には、今日と明日に休みを与えられていた。



 そうは言っても、おそらくディアラントは今頃報告書に追われているだろうし、さすがに幹部が揃いも揃って休むのはよろしくないということで、ミゲルとジョーは片日しか休みを取らないそうだ。



 少しばかり大人の世界のめんどくささを感じつつ、暇を潰す方法が思いつかないまま、今に至るキリハだった。



 とりあえず、テレビはつまらなそうなので電源を切ることにする。

 洗面所で口をすすぐ最中さなか、朝食でも食べながら今日の予定を考えようと思う。



 インターホンの電子音が鳴ったのは、その時のことだった。



「ん? 誰だろ?」



 首を傾げるキリハ。



 もうとっくに始業時間は過ぎているので、訪ねてくる可能性があるのは、今日が休みのディアラントかジョーくらいだ。



「キリハー、いるかー?」



 予想したそばから聞こえてくるのは、ディアラントの声。



「いるよー。」



 答えながら廊下を歩き、キリハは鍵とドアを開いた。



「よかった。起きてたか。」



 軽く息を弾ませていたディアラントは、キリハの姿を見ると安堵したように息をついた。



「どうしたの? やっぱり、報告書手伝った方がいい?」



 訊ねると、ディアラントは露骨に肩を震わせた。



「うっ……いや、締切はやばいけど、無茶言ったのオレだから大丈夫。」

「せっかくジョーがこっそり手伝う気で今日を休みにしてくれたんだから、素直に頼めばいいのに。」



「いや、ジョー先輩に頼りすぎると後が怖いから……」

「今で十分、頼るだけ頼ってるように見えるけど。」



「ははは…。まあ、な……って、じゃなくて!」



 キリハの冷静な突っ込みに流されていたディアラントは、そこで我に返ってキリハの両肩を勢いよく掴んだ。



「ごめん! 休みなのは分かってるんだけど、ちょっと付き合ってくれ。」



「やっぱり報告書?」

「ちげーよ!」



 ディアラントはぶんぶんと首を左右に振る。



「……ある意味、報告書より厄介かもしれない。」

「?」



 重々しく告げられた言葉に、キリハはやはり首をひねるしかなかった。


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