強制連行された先
それからまた数日。
キリハの苛立ちは、また別方向へ膨らんでいた。
周囲の態度が、また変わってきているのだ。
「お前、まだ十八だったよな? すげえな、その年でここまでできるって。」
「大会、期待してるよ。応援する。」
「お前なら、ディアラントに勝つことも夢じゃないよな。困ったことがあったら、なんでも言えよ。協力するから。」
なんなのだ、この手のひらを返したような態度は。
最近、ディアラントについてしつこく聞かれることは少なくなった。
自分のつっけんどんな態度に、向こうが苛立って喧嘩になることもない。
その代わりか、今度はやたらと持ち上げられるようになったのだ。
「竜騎士隊なんてところにいても大変だろ? こっちに来いよ。上に推薦してやるからさ。」
そう言われた時には驚愕を通り過ぎて、清々しさを感じたほどだ。
おそらく国防軍は、自分のことをディアラントの弱点を引き出すための情報源ではなく、ディアラントを負かせる唯一の可能性として捉え始めたのだろう。
相談したところ、ミゲルは嫌悪感も
許されることなら、もう部屋から一歩も出たくない。
しかし、それで自分の仕事をおろそかにすることもできない。
仕方ないので、話しかけてくる連中へは礼儀程度の言葉だけを返し、ひたすらに時間が過ぎるのを待つしかなかった。
そして今。
(もう……何なんだよ……)
キリハは暴れ出してしまいたい衝動を、ぐっと腹の底に抑え込めることに集中した。
ドラゴン殲滅部隊が会議とのことで、竜騎士隊の面々とだけで昼食を取った後。
部屋に戻って少し休憩しようと思ったところで国防軍の連中に囲まれたのである。
いつものことだ。
今日も例に
「上官たちが、お前のことを呼んでるんだよ。」
そう言われたかと思うと両脇を担がれ、抵抗する間もなくずるずると引きずられ、宮殿本部から国防管理部へと連行された。
最初こそ抵抗したが、彼らに自分を逃がすつもりがないことは、自分を囲む人々の配置を見て察しがついた。
適当に聞き流して終わるなら、少しの間我慢すればいいだけだ。
そう結論づけたキリハは抵抗するのをやめて、素直に彼らについていくことにした。
「……あの。なんの用なんですか?」
広い部屋に放り込まれ、キリハは前方を眺めて控えめに口を開いた。
そこには半円形の机があり、六人の男性たちが座っている。
他の人々よりも
一目見て、それなりに偉い立場の人間なのだろうと分かる。
「まあ座りたまえ。別に、悪い話ではないのだよ。」
彼らの中心に座っていた壮齢の男性が、自分の向かいに置かれた椅子を勧めてくる。
「……無理やり連れてこられて、正直気分はよくないんですけど。」
言われるがまま従うのも
これでも、かなり感情をこらえている方。
ディアラントのことを考えてなんとか敬語を保っているものの、この慣れない言葉遣いがいつ崩れるか分かったものではない。
キリハの言葉に、男性は朗らかな笑い声をあげた。
「ははは。すまなかったね。私たちは忙しくて、他の者たちのように君に会いに行けないんだ。少しばかり強引な手段に出たことは謝ろう。」
さすがは上層部の人間。
このくらいで感情を乱すことはないようだ。
「君にはこの後、二時間の空き時間があるだろう。」
「………」
こちらのスケジュールは把握済みということらしい。
キリハが黙っていると、別の男性がまた椅子を示した。
「そんなに警戒しないでくれないか? そんなに手間を取らせるつもりはない。……君の返答次第では、ね。」
「………」
君の返答次第では。
キリハは思わず息を飲んだ。
聞き流せば終わるだろうと楽観視していたが、そういうことではないかもしれない。
できることなら今すぐに帰りたいところだが、部屋の外にいくつもの人の気配がする。
ここでのやり取りが終わるまでは、意地でも部屋から出してもらえないのだろう。
――― 仕方ない。
腹をくくり、キリハは渋々椅子に座った。
「では、君の意思を尊重して手短に済ませようか。」
中心の座る男性が一見穏やかで安心感を誘う笑顔を浮かべ、机に置いてあった両手ほどの大きさの薄型モニターをこちらに向けてきた。
そこには、この間のディアラントとの手合せの様子が動画として流れていた。
(いつの間に……)
どんな些細な情報も漏らさない。
その執念に、
「この時の君たちの力。これが、百パーセントの実力なのかな?」
違うように見えるけれども。
訊ねておいて、彼は優しげな声で鋭く指摘してくる。
剣を交えなくても分かる。
上層部でふんぞり返っているとしても、彼らは相当な手練れだ。
彼らの身に漂う雰囲気。
油断のならない瞳。
彼らに、剣技における嘘は絶対に通用しない。
ディアラントに鍛えられた、剣を持つ者としての意識がそう告げていた。
「……ディア兄ちゃんも俺も、七割くらいの力。」
面白くはないが、ここは正直に答えるしかない。
「では、君の本気はこの程度ではないということだね?」
「そうなりますね。」
「ふむ、やはりか。ということは、君はこれまでの任務において、本気を出したことがないという認識で構わないね。一応、これまでの君の任務に対するレポートは見せてもらったけど、この時以上の剣技は見たことがないから。」
「……まあ…」
そのレポートとは、一体どんなものなのだろうか。
キリハは苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。
これまでに本気を出したことがない。
そう言われると、まるで仕事を中途半端にこなしていると見られているようで、あまり気分はよくない。
ドラゴン討伐とディアラントとの手合せでは、意識や力を集中させる部分が違うのだ。
自分はドラゴン討伐に、至って大真面目に取り組んでいる。
ただ、流風剣という剣技に重きを置くとしたら、確かにドラゴン討伐において、本気は出していないといえる。
素直に認めるのは嫌だが、一面的な事実かと問われれば、確かにそれは事実だ。
キリハが頷くと、男性たちは感嘆の息を零して互いに顔を見合わせた。
人生において、褒められてこんなにも嬉しくなかったことはない。
キリハがなんとも言えない気分に陥っている中、モニターを机に置いた男性が、端に座る男性へと目配せした。
「例のものを。」
彼に指示されて、端に座っていた男性はゆっくりと立ち上がった。
こちらに近づいてくる男性の手には、大きなアタッシュケースが下がっている。
男性は身構えるキリハの傍に膝をつくと、アタッシュケースの中身を開けた。
「!?」
キリハは瞠目する。
そこにあったのは――― アタッシュケースにぎっしりと詰まった札束だったのだ。
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