レクトの血を凌ぐ方法



 ―――ポタリ、ポタリ……





 静かな洞窟内に、微かな音が響き始めた。

 それは、どこかから水が滴り落ちる音に似ている。



 先ほどまでは、こんな音なんてしなかったのに……



 疑問に思ったレクトが、周囲に視線を巡らせる。

 そして、その顔に衝撃が走った。



 いつの間にかユアンの左手に血が溜まり、そこからあふれた血が地面に落ちていたのだ。

 そして、その血は《焔乱舞》が刺さる岩壁から流れ出ていた。



「ま、まさか……」



 その血の正体を察したレクトが、青い顔でよろよろと後退する。



「レクト……今、シアノ君やエリクとリンクできないだろう?」



「………っ」



「その理由を気取らせないために、肝心のキリハを、あえて今まで君の支配下に置いといたんだ。そして……他でもない君の手で、リュードを目覚めさせるためにね。」



 その言葉の正しさを示すように、洞窟が小さく揺れ始めた。

 そんな中、ユアンが岩壁から背中を離して、自分の足でしっかりと立つ。



「憎しみでも執着でも、過ぎた感情は判断力を落とすってね。僕が本気で怒りを爆発させていたなら、ルカなんてあっという間に死んでたよ。だから、僕が剣を振り始めてからずっと、ディアがどこか焦ってただろう?」



 ユアンがそう告げると、ディアラントが小さく肩を震わせる。

 それは、紛れもない肯定の意を示した反応だ。



「お前が僕のことを、少しでもまともに知っていたなら……、僕が手を抜いているのには裏があるって、そう気付けただろうに。」



 血で満たされたユアンの左手。

 それが、ゆっくりとその口元へ。





「僕はお前のことを知ろうとし、お前は僕のことを知ろうとしなかった。それが、この勝負の勝敗を分ける大きな差だ。」





 血を飲み干したユアンの瞳に、鋭い光が宿った。



「実を言うとね、お前が人間を血で操っていると分かった時から、この方法は頭に浮かんでたんだ。君より格上のリュードの血なら、支配権を上書きできるんじゃないかってね。」



 岩壁に突き立った《焔乱舞》を抜き、刀身に付着した血を払うユアン。

 その動作からは、先ほどまでの苦痛は一切見えない。



「とはいえ、あの時は誰がお前の支配下にあるのか分からなかったし、リュードの血を壊れたドラゴンに与えたって殺してしまうだけだし、案はあれど試しようがない状況だった。だから……お前がシアノ君を飼い慣らしていると知った時は、チャンスだと思った。」



 パラパラと、洞窟内に細かな瓦礫がれきの雨が降る。

 それに構わず、ユアンはレクトのみを視界の中心に据えて語り続けた。



「実験は成功だね。予想どおり、リュードの血を飲んだシアノ君とエリクは、お前の血から解放されたようだったよ。僕の代わりに血をりに行ってきてくれたミゲルには、感謝しなくちゃね。まあ……その実験でシアノ君やエリクが死ぬ可能性は、もちろん承知の上だったけど。」



 本懐を達するためなら、多少の犠牲には目をつむるつもりだった。

 強い覚悟を秘めたその目には、そんな残酷さも滲み出ている。



「レティシアに言われたよ。僕の駒になるキリハたちが不憫だってね。僕もそれには同感だった。でも……今を生きるこの子たちは、僕の想像よりも遥かに強かった。」



 誇らしげに笑うユアン。



「どうだい、人間の絆が生み出す底力は? お前に何度も追い詰められても……キリハだって、アルシードだって、エリクやシアノ君だって、お前に屈せずに窮地を脱してみせたよ? ロイリアだって壊れずに済んだ。一人じゃこうはいかなかった。お前が僕たちに与えた苦難の中で紡がれた絆があったからこその結果だ。」



 りんたたずみ、堂々と。

 ユアンはレクトに宣言する。



「そして、ほむらが僕に従ってるということは……リュードは今も変わらず、僕たちの味方のようだね?」



「―――っ!!」



 突きつけられたリュドルフリアの意思は、レクトの精神にこれ以上もないほどの打撃を与える。



 ふらり、と。

 その場からさらに後退するレクト。

 それで開いた距離を埋めるように、ユアンは前へと進む。





「本当は、君だってその絆を信じているだろう? ―――ルカ。」





 打って代わり、優しく語りかけるユアン。

 その瞬間、レクトの右腕がピクリと動いた。



「さあ、キリハ。僕の役目はここまでだ。」



 胸に手を当てて、ユアンは愛しい子孫へと激励の言葉を贈る。





「君もこの絆を信じたいと願うなら―――痛みを伴ってでも、大事な親友を取り戻しに行きなさい!!」





 ユアンが目を閉じる。



 直後、キリハの足が力強く地面を蹴った。


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