この炎は―――

 ―――目なんて、覚めなければよかった。



 何度も、何度もそう思った。



 あれから、嫌な思考が頭を離れない。

 胸がざわついて、息が乱れて、夜になっても眠れない。



(あの人が……殺したの…?)



 嘘だって、何かの間違いだって思いたい。

 だけど、何も証拠がない。



 本当だって証拠も。

 嘘だって証拠も。



「………っ」



 必死に、後ろ髪の束を握る。



 昔からいつも、凍えそうな自分の心を繋ぎ止めてくれたこの後ろ髪。

 だけど今は、こんな行為程度ではどこかに落ちていく心を止められない。



「父さん……母さん…っ」



 ねぇ……

 二人なら、答えを知ってるんでしょ?



 お願い。

 違うなら違うと言って。



 そうじゃないと、俺は……





 ―――カタン





 静寂に満ちた病室に響く、小さな音。

 出口のない猜疑さいぎ心から逃げたかった意識が、その音の出所を探した。



 ベッドのすぐ側。

 チェストにもたれかかるようにして、この二年を共に駆け抜けてきた相棒がそこにいる。



「………」



 特に意味もなく、それのさやを掴んで引き寄せる。



(どうして、こんなところにほむらが……)



 もしかしたら、生きて帰ってくることはできないかもしれない。



 そう思って、《焔乱舞》は部屋に置いていった。

 自分が一生戻らなくなった時、早く次の主人を見つけられたらいいなと思って。



(俺がいつまでも起きなかったら……また、焔と一緒に呼びかけるつもりだったのかな…?)



 なんだか、むなしい気分だ。



 以前に生死の境をさまよった時は、迎えに来てくれた《焔乱舞》とフールの声に、喜んで手を伸ばしたのに。



 今は、その闇に戻りたくて仕方ない。



 こんな生き地獄に叩き落とされるくらいなら、あの時に死んでしまっていたかった……なんて。

 そう思ってしまう自分がいる。



(背負うって約束したのに、ごめんね…。今は少し……休ませて……)



 《焔乱舞》を抱き寄せて、そっと目を閉じる。



 トクトクと。

 微かな脈動を感じる。



 チリチリと。

 頬をなでる炎の暖かさに、少しだけほっとする。



(気持ちいい……)



 命をほふることがつらくて、何度も投げ出したくなったドラゴン討伐。



 それを乗り越えてこられたのは、周りの人たちが強く支えてくれたのもあるけれど、《焔乱舞》が共にあったのも大きい。



 神竜リュドルフリアの炎は、裁きと浄化の炎。



 始めにそう説明を受けたとおりで、彼の分身たる《焔乱舞》から放たれる炎は、身にまとっていてとても心地よいのだ。



 レティシアから使い方のコツを教わってからは、この独特のくせに振り回されることもなくなった。



 むしろ、ピッタリと吸いつき合って離れない磁石のように、この剣が自分にも合わせてくれるようになった気がする。



(裁き……裁きかぁ……)



 ぽかぽか。

 ゆらゆら。



 微睡まどろみの中を、意識が揺蕩たゆたう。



(ドラゴンにとっての裁きは、この炎……じゃあ、…?)



 チリチリ。

 体の奥が熱くなる。



(どうせ、あの人の罪は裁判所で裁かれる……でも、?)



 めらめら。

 脳裏で、赤が揺れる。



(たくさんの人が殺された。その人たちの気持ちは……家族の気持ちは………?)



 ゴウゴウ。

 赤の内側で、黒が鎌首をもたげる。





(この炎は―――?)





 ぶわり、と。

 胸の奥にある泉から、何かがあふれて―――



「―――っ!!」



 ハッと。

 キリハはそこで目を見開く。



「あ……ああ…っ」



 慌てて飛び起きた目の前に広がっていた光景。

 それに、全身が凍りつきそうになる。



「だめ……だめ…っ」



 どうにかしなきゃと思うのに、止まらない。

 止められない。





 ―――――





「う……あ……」



 深くうつむいて、両手で髪を掻きむしるキリハ。





「あああああっ!!」





 その口腔から、全ての音という音を掻き消すような絶叫がとどろいた。




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