再びの暴走

 夜のとばりに沈んでいた宮殿に鳴り響いたのは、火災報知器が作動した警報音。

 それに、誰もが慌てて飛び起きることになった。



「なんだ!? どうした!?」

「いや、火事ですって! さっきからアナウンスが言ってるじゃないですか!!」



 ほとんど同時に部屋から出たディアラントとミゲルは、互いに焦りをぶつけ合う。



「ミゲル先輩! とりあえず下に行って、女性たちの避難を誘導してください!」

「おうよ!」



「男どもは勝手に避難しろーっ!!」

「ぞんざい!!」



 このフロアにいるのはドラゴン殲滅部隊の面々なのでテキトーに指示を出すと、他の皆はそんな文句を叩きつけてから、迅速な避難を始めた。



「おっと、電話だ。」



 染み着いた癖で手に持っていた携帯電話が震えたので、ディアラントは相手を確認しないまま、とりあえず電話に出る。



「ディアラント、まずい。」



 電話の相手は、本当に珍しい人だった。



「ランドルフ上官、どうして……こんな堂々と電話しちゃ……」

「今はそんなことを言っている場合じゃないんだ…っ」



 珍しい相手が、珍しく焦っている。

 これは、明日は槍でも降るのか。



 火事の知らせが鳴り響いているにも関わらず、暢気のんきな感想を抱いてしまうディアラント。

 しかし、この暢気のんきさも数秒で終わる。



「ジョーがいない以上、私が直接連絡するしかなかったんだ。よく聞きなさい。」



 そう前置きしたランドルフは、こう告げる。



「火の元は、キリハ君の病室だ。」

「なっ…!?」



 一瞬で意識が凍る。

 ランドルフは深刻さを滲ませた声音で続けた。



「嫌な予感がするから、今は別の棟のスプリンクラーをあえて回してごまかしているけど……まさかとは思うが、キリハ君の病室に《焔乱舞》が置きっぱなしなんてことにはなってないだろうね?」



「―――っ!!」



 しまった。



 脳裏に浮かんだ言葉は、それだけ。

 予感が的中してしまったランドルフが声を荒げる。



「早く行きなさい!! キリハ君が《焔乱舞》を暴走させるなんて総督部に知られたら、救国の剣は一瞬で破滅の剣にされるぞ!? 愛する人がどうなってもいいのか!?」



「分かってますよ!!」



 ランドルフの声に急かされ、ディアラントは力強く床を蹴って走り出した。





「うわああああっ!!」





 医療・研究部の建物に入るや否や響いてくる、キリハの叫び声。

 最悪の事態が起こってしまったのは、間違いなかった。



「キリハさん! どうか落ち着いて!!」

「どいてください!!」



 懸命に呼びかける看護師を押しのけたディアラントは、思わず足を止めて息を飲む。





 ―――赤。





 病室のすりガラスの向こうが、揺らめく赤で満たされていた。



「………っ」



 ディアラントは奥歯を噛み締める。



 大丈夫。

 大丈夫なはずだ。



 これまで《焔乱舞》は、ドラゴンしか焼き尽くしてこなかった。

 植物や建物を多少焦がすことはあっても、燃やすことはなかった。



 まだ間に合う。

 間に合ってくれ。



「キリハ! オレだ! 分かるか!?」



 扉を何度も叩いて、中のキリハに呼びかける。

 しかし。



「来ないで…っ」



 キリハからの返答は拒絶。



「誰も来ないで…。来ないで…っ。……来るなああぁぁっ!!」



 さらなる絶叫がほとばしり、炎の勢いが増す。



「………っ」



 一気に扉が熱くなって、ディアラントも看護師たちもそこから離れざるを得なくなる。



「これは…っ」

「ディア!!」



 うめいたところに、救いのような声。



「フール!!」



 すがるような思いで、ターニャと共に駆けつけてきたフールを呼んだ。



「この件、外には……」



「大丈夫、まだ漏れてない! 夜中で人が少ないし、ある意味火事騒ぎで助かったっていうか……みんな、避難することに夢中でこっちには気がいってないから。」



「そうか…。でも……」



「ああ。それも、時間の問題だ。ランドルフとミゲルたちが必死に人払いをかけてるけど、誰かに窓からでも炎を見られたら、かなり言い訳に苦しむことになる。」



「くそ…っ」



 ここでも、部隊随一の頭脳がいないことがかなりのダメージとなる。



 ランドルフは敵対、ケンゼルは中立である以上、露骨にこちらへと介入できない。



 これだけの大事おおごとも、ジョーの情報スキルと交渉という名の脅しがあれば、簡単に揉み消せたというのに。



「とにかく、キリハを落ち着けるのが先決だけど…っ」



 正直なところ、それが一番の難題。



 外部の介入を拒絶するように熱くなった扉から、とんでもない熱風が吹いてくる。

 とてもではないが、近寄れる状態じゃない。





「―――この際、四の五の言ってる場合じゃないね。」





 すっと声を落として呟くフール。

 次の瞬間に彼は、ディアラントの胸に背中から思い切りアタックをかました。



「はっ!?」



「ちょっと入れ物を預かってて! 僕が行ってくる!!」



「行ってくるって!? どうやって!?」



「中身だけで行ってくるって意味だよ!! よくよく考えたら、ルカがしれっと僕の正体を爆散してたなって思ってさ!! もう隠す意味もないでしょ!?」



「―――っ!!」



 その言葉に、ディアラントとターニャが大きく目を見開く。



「大丈夫。絶対に助けてくるよ。可愛い子供たちを守るのが、先祖の役目ってやつだからね。」





 フール―――ユアンは自信に満ちた口調で断言して、人形の体をかなぐり捨てた。




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