駆けつけた先では―――
……まだ、耳元に声が響いている。
今までは、声だと感じるほどはっきりしたものではなかったのに。
それだけ、ドラゴンたちが何かに怯えているのだ。
急がないと。
手遅れになる前に。
キリハは全力で廊下を駆け、地下フィルターを目指す。
先遣隊が出払っていることと会議中であることが重なり、今は地下フィルターの前に見張りがいない。
もしドラゴンたちに問題が起こったとしても、迅速に対応できる人がいないのだ。
階段を駆け下りた先に見えた、地下フィルターへ通じる扉。
そこには、人ひとり分が通れるほどの隙間が開いていた。
―――早く、早く、早く!
一体何に急かされているのかも分からないまま、キリハは扉の中へと飛び込んだ。
「―――っ!?」
そこにあった光景に、一瞬だけ頭が真っ白に染まってしまった。
中にいたのは白衣を着た若い男性と、小型のビデオカメラを持ったスーツ姿の男性だった。
彼らは自分の唐突な登場に驚愕し、こちらを振り向いた体勢のまま固まっている。
「お前ら…っ」
キリハは眉を寄せ、込み上げてきた怒りのまま、《焔乱舞》の
「ひっ…」
キリハの実力は、これまでの功績から十分に分かっているのだろう。
キリハが剣を握った瞬間、彼らは
キリハは彼らを威嚇するように睨みを
フィルターの奥では、二匹のドラゴンが互いに身を寄せ合って、弱々しい鳴き声をあげている。
見たところ、特に外傷はなさそうだ。
「大丈夫?」
できるだけ優しく問いかける。
小さいドラゴンは怯えて動けないようだったが、大きいドラゴンの方は、まだ受け答えができる余裕があったようだ。
彼は長い首を伸ばすと、大丈夫だと訴えるように、キリハの体に自分の頭をすり寄せた。
「よかった。間に合ったみたいで……」
心底ほっとした。
肺が空になるまで息を吐き出し、キリハはすぐに表情を引き締めた。
ちらりと、視線を床に向ける。
おそらく、彼らの持ち物なのだろう。
床には、開いたアタッシュケースが置かれていた。
その中にあるのは、どこかのカードキーと数本の試験管。
キリハはゆっくりと手を伸ばし、それらを取り上げた。
薄いガラス管の中には、どろりとした赤黒い液体が入っていた。
貼られたラベルには過去の日付と、何かの成分表らしき数字が並んでいる。
「これ、何?」
カードキーと試験管を掲げ、低く訊ねる。
「……き、君には関係ないだろう。」
言いたくないのか、白衣の男性は怯えた口調ながらも、そんな返答を寄越してきた。
「じゃあ、この子たちに何しようとしたの?」
次の質問を投げかける。
しかし、今度の質問に彼らは答えなかった。
互いに顔を見合わせ、上手い言い訳を探すように言葉を濁している。
「………」
キリハは無言で目元を険しくした。
「ま、待ってくれ! あいつらには、まだ何もしていない!」
顔を真っ青にした男性たちが、途端に慌てふためいた。
彼らが慌てるのも無理はない。
キリハがまとう雰囲気は、激しい怒気に満ちている。
その苛烈な雰囲気は、ともすれば殺気のようにも感じられて、目が合った者全員を
―――殺される、と。
何も言わなくなったキリハが
「それは、開発中の薬なんだ!」
勝手に命の危機を感じている彼らは、途端にぺらぺらとしゃべり始めた。
「血液薬だよ。ほら、ドラゴンって、他の個体の血液に異常に弱いらしいじゃないか。そ、それは、これまでに採取したドラゴンの血液を濃縮させて作ったやつなんだ。」
「……それを、この子たちで試そうとしたわけ?」
口から勝手に、自分の声とは思えないほどにぞっとする声が漏れた。
それを聞いた男性たちが、引き潰された
「か、必ずしも効果があるってわけじゃないんだって! も、もしかしたら、なんの効果もないかもしれないし! 何かあった時は、そのカードキーで搬入口を開けて、こいつらを逃がしてやるつもりで―――」
「もういい!!」
その瞬間、キリハが強い口調で怒鳴る。
「もう……いいよ……。聞きたくない。」
泣きそうな声を絞り出し、キリハはくしゃりと顔を歪めた。
「出てって。もう二度と、この子たちに近づかないで。それだけ守ってくれればいいよ。だから、早く出てって。」
頭がおかしくなりそうだ。
効果がないかもしれない?
何かあった時は、逃がしてやるつもりだった?
ふざけないでくれ。
下手すれば、このドラゴンたちが死ぬ可能性だってあったということじゃないか。
それなのに、我が身可愛さでこれ以上の暴言を吐かないでくれ。
どうせ彼らは、今のやり取りに非があったなんて思わないのだろうけど。
「………なんで……」
茫然としていた白衣の男性の唇が、ふいに
ちょうどその時、ようやく駆けつけてきたディアラントたちや、彼から報告を受けたターニャとフールが室内に飛び込んできた。
しかし、あまりの恐怖に理性が崩壊していたらしい男性は、混乱したまま言葉を吐き散らす。
その言葉が、キリハのリミッターを外してしまうとも知らずに。
「なんでそんな化け物の味方をするんだよ! 別に、そいつらにかけてやる情けなんかないじゃないか!! そもそも、そんな奴らなんていなければ、お前ら竜使いだって、こんなに差別を受けなかったはず―――」
「またそんなくだらないこと言うのかよ!?」
キリハの怒号が
その刹那。
――――ゴオオォッ
ジョーの腕を振り払った時とは比べ物にならない量の炎が、キリハを包んだ。
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