暴走

 突如として噴き上げた炎。

 その圧巻の光景に、誰もが瞠目して息を飲む。



 その中で一人……





「嘘……そんなはずが……」





 フールだけが、茫然と呟いた。



「味方とか敵とか……いちいちくだらない先入観ばっか押しつけて…っ。この子たちが、お前らに何をしたっていうんだ! 生きてるだけの、何が悪いんだよ!?」



 キリハの激情に呼応してか、炎がますます勢いをあげる。



 自分を包む炎だけじゃなく、体の中も燃え上がりそうなほどに熱い。



 このまま、この炎と一体になってしまうのではないか。

 そう思ってしまうほどに、脳内が真っ赤になる。



 どうして、ドラゴンの味方をするのかだって?



 勘違いもはなはだしい。

 自分は始めから、ドラゴンを殺すために剣を振っていたんじゃない。



 終わらせてやるしか救う方法がないと言われたから……だから《焔乱舞》と戦ってきた。



 圧倒的な炎がドラゴンたちを飲み込んでいく残像に吐きそうになりながらも、くじけそうになる気持ちを何度も叱咤してここまできたのだ。



 人間を守る。

 でも、助けられる命ならドラゴンだって守る。

 それが、《焔乱舞》に選ばれた自分の役目だ。



 化け物なんて言わせない。

 ここにいるのは、確かに生きている命なのだから。



「誰か、早くあの方々をここから連れ出してください!!」



 珍しく取り乱したターニャの声で我に返ったのか、その場で立ち尽くしていた皆が大袈裟なほど大きく肩を震わせた。



 真っ先に動いたのは、ミゲルとジョーの二人だ。

 彼らはキリハの視線の先にいる男性たちを引きずり、急いで地下シェルターを出ていく。



 だが、怒りを爆発させた原因がいなくなったというのに、キリハが身にまとう炎は収まる気配がなかった。



「キリハ! もう大丈夫だから、とにかく落ち着け! オレたちは何もしない!!」



 ディアラントが大声で呼びかけるが、キリハはそれに反応らしい反応を示さなかった。



「だめだよディア! 怒りで完全に暴走してる!!」



 フールが首を左右に振る。

 荒れ狂う炎のせいで迂闊うかつに近寄れない状況に、ディアラントが悔しげに唇を噛んだ。



「ちくしょう、どうなってんだよ!?」

「そんなの、僕にも分からないよ!」



「あれ、ほっといてどうにかなるようなもんなのか!?」

「それは…っ」



 焦るディアラントの問いかけに、フールが返答に窮する。





「それも……分からない。」





 彼が苦々しく告げたのは、不吉な未来を思わせる言葉だった。



「いつかは収まると思うけど……その前に、キリハの精神がすり切れるかもしれない。」



 炎の中にたたずむキリハの視線は、現実ではないどこかを見ているようにうつろだ。

 その姿は確かに、まともな精神に戻れるようには見えなかった。



「はあ!? お前、そんな危ないもんをキリハに背負わせたっていうのか!?」

「僕にだって、分からないって言ってるでしょ!? あんなほむらを見たのは、僕も初めてなんだよ!!」



 ぐっと胴体を掴んできたディアラントに、フールも負けじと怒鳴り返す。

 他の皆もが現実についていけず、状況は混乱を極めていた。



 そんな中。





 ………………





 ゆっくりと動き出したのは、ドラゴンたちだった。

 彼らは互いに頷き合うと、あろうことか、キリハを取り巻く炎の中に自ら飛び込んでいったのだ。



 大きいドラゴンがキリハの首根っこをぐっとくわえ、小さいドラゴンがキリハの前に躍り出て、その頬をぺろりと舐める。



 すると。



「―――っ!?」



 キリハが大きく目を見開いて、大きなドラゴンに引きずられるままに一歩身を引いた。

 その瞬間、炎が嘘のように消える。



「あ……」



 ぽつりと零れる小さな声。

 うつろだった瞳に、わずかながらに光が戻った。



「今だ!」



 ドラゴンが作ってくれた隙を無駄にすまいと、ディアラントは必死の形相で床を蹴った。



 あっという間にキリハの間合いに入ったディアラントは、キリハが完全に正気に戻るその前に、鳩尾みぞおちに拳を叩き込む。



「―――っ」



 息をつまらせたキリハが大きくバランスを崩し、ディアラントの方へと倒れる。



 しっかりとその体を受け止めたディアラントの胸の中で、痛みに顔を歪めていたキリハが、意識を手放して目を閉じた。



 気を失ったキリハを支えるディアラント。

 その様子を見つめるターニャとフール。



 誰の目にも、安堵の色は浮かんでいなかった。


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