事件を誘引した人
「うう…ん……」
目を開くと、真っ白な天井が目の前に広がっていた。
「お…。キリハ、起きたか?」
心配そうな表情をしたディアラントが、ひょっこりとこちらを覗き込んでくる。
そんなディアラントの手を借りながら上半身を起こしたキリハは、途端にずきりと痛んだ腹部を押さえた。
「うっ……お腹痛い。」
「すまん。お前を止めるために、思い切り殴った。」
「………? 止めるって……俺、何か―――」
刹那に思い出す。
怯えるドラゴンたちの姿と、自分の脳内を染めた真っ赤な怒りを。
「あの子たちは!?」
キリハはディアラントに掴みかかる。
「あの子たちは無事!? 大丈夫なの!?」
訊ねると、ディアラントは表情を引き締めて肩を叩いてきた。
「大丈夫だ。今はミゲル先輩が見張りについてくれてるし、今回騒動を起こした奴らには、それ相応の処分が下る。もう二度と、同じことは起こらない。」
一言一句を刻み込むように、ディアラントはキリハに語りかけた。
「そう……よかった……」
強張っていた体から、自然と力が抜ける。
すると。
「下手すりゃ自分が危なかったっていうのに、こんな時でも君は、ドラゴンの心配なんだね。」
どこか呆れた口調でそう告げられ、キリハは顔を上げて声の主を探した。
そして壁にもたれかかっている彼を見つけたキリハは、パチパチと
「ジョー……どうしたの、その顔?」
思わずそう訊くと、ジョーは血が滲んだ口の端をなでて溜め息を吐いた。
「さっき、ミゲルに全力で殴られたの。」
「なんで……」
「僕が情報をばらまいたって、ばれちゃってね。」
「え…?」
ざわり、と。
ジョーの口から飛び出した言葉が、心に不安の波を広げていった。
「どういう……こと…?」
からからに渇いた喉から、どうにか声を絞り出す。
「言ったはずだよ。僕を信用しすぎないようにって。」
ジョーの表情が無に染まる。
「僕たちのスケジュールを、ちょっと調べれば分かるようにしといただけだよ。今はアイロス君たちが先遣隊として外に出てるから、宮殿に残ってるドラゴン殲滅部隊が少ないのは誰もが分かってる。ただでさえ手薄なところに、ドラゴン討伐に関わる会議があるってなれば、その時にシェルターの見張りが空になることは容易に察しがつく。そしてその会議に、《焔乱舞》を持つ君が出なきゃいけないこともね。」
淡々と、ジョーは語る。
「ドラゴンの処分が決まらなくてやきもきしてるお馬鹿さんたちは、こう思うだろうね。〝チャンスは今しかない〟って。上手く踊ってくれるかと思ったんだけど、ちょっと残念だったよ。あそこで君が異変を察知するなんて、さすがに予想外だったし。」
キリハは何も言えなくなり、ただジョーのことを見上げることしかできなかった。
「あ、そうそう。」
ジョーの言葉は続く。
「今回のこと、僕は別に悪いとは思ってないからね。だって僕は、あの人たちにドラゴンを殺せって言ったわけじゃないもの。誰かが馬鹿をやればラッキーかなって思ったくらいで、直接的な関与は誰にもしていない。」
ジョーの瑠璃色の瞳が、どんどん冷たく冴えていく。
「僕は部隊の情報セキュリティを、ほんの一部緩めておいただけ。とはいえその状態でも、他の部隊よりかなり強固なセキュリティだって自信はあるけども。セキュリティに侵入して情報を悪用した責任は捕まったあの人たちにあるし、漏れた情報も別に機密情報ってわけじゃない。正直僕に責任はないと思ってるし、ディアも僕に責任は問えない。たとえ、僕自身が細工したって認めてもね。」
無慈悲な光を瞳にたたえるジョーに、キリハは青い顔で息を飲む。
初めて、ジョーのことを本気で怖いと思った。
言いたいことを言い終えたのか、ジョーは怯えた表情をするキリハに構わず、くるりと背を向けた。
「キリハ君も起きたことだし、ミゲルに報告してくるよ。僕なんかよりも、ミゲルの方がよっぽどキリハ君のことを心配してるだろうから。」
冷たい口調を徹底し、ジョーは何事もなかったかのように部屋を出ていった。
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