再びこの手に

 崩壊が訪れるのは、いつだって唐突だ。



 オークスと一緒に、ロイリアに寄り添って様子をうかがう。

 そんな自分の耳に響いてきたのは、たくさんの車が近寄ってくる駆動音だった。



「え…? 何…?」



 後ろを振り向いたキリハは戸惑う。



 そこに立ち並ぶのは、ドラゴン討伐時に出動させる軍用車。

 開いたドアから、ドラゴン殲滅部隊の面々が固い表情で出てくる。



「くそ、とうとう来たか…。早くしてくれ…っ」



 忌々しげに舌を打つオークス。

 それで、この事態の一端を掴んだ気がした。



「ディア兄ちゃん、ターニャ……」



 彼らの先頭に立った二人に、キリハはおそるおそる声をかける。



「キリハ、分かってください。」



 最初に小さく告げたターニャは、赤らんだ目元に力を込めて姿勢を正した。



「研究部の皆さん。今までの尽力に感謝します。しかし……ロイリアに回復の見込みがないと判断し、方針を切り替えることにしました。」



「方針を、切り替えるって……」

「………っ」



 顔を青くするキリハと、悔しそうなオークス。

 複雑そうな表情で当惑する他の面々。



 そこにいる皆を見渡して、一国を守る女王は決断を下す。





「これ以上苦しみを引き伸ばすのは、かえって残酷です。今ここで―――ロイリアを、楽にしてあげましょう。」





 楽にしてあげる。

 それはつまり、ロイリアを殺すということ。



 その瞬間、ターニャとディアラントが部隊を引き連れてきた理由が明確になる。



「安心しろ、キリハ。この装備は念のためってやつだ。オレたちだって、苦しみはできるだけ短くしてやりたいからな。」



 そう告げたディアラントが腰に手を伸ばし、大型の薬品銃を取り上げる。

 そこに込められているのは、言うまでもなく血液薬だろう。



「………っ」



 いつかはこうなってしまうと、分かっていた。

 ロイリアが浄化の対象になっていると知った時から、覚悟を決めておこうと思っていた。



 でも、いざこの時を迎えてしまうと……



「キリハ。そこをどいてくれ。」

「………」



 どうしよう。

 体が動かない。



 理性では仕方ないと分かっているのに、感情が嫌がってロイリアにしがみついてしまう。





「―――キリハ。」





 そんなキリハに、レティシアが声をかけた。



「もういいわ。このまま、ロイリアを楽にしてあげて。」

「!?」



 まさかの言葉に、キリハは大慌てで後ろを振り返る。



 自分を見下ろす、アイスブルーの瞳。

 それは、とても静かだった。



「そんな…っ。でも、ロイリアは頑張るって……」



「ええ、そうね。もう頑張らなくていいって言っても、この子は聞かないでしょうね。だから、眠っているうちに終わらせてあげたいの。」



「でも……でも…っ」



「キリハ。」



 優しく諭すような声。

 それが、悲しげに揺れる。



「言ったでしょう? 私たちは、死期だと悟った時が死期だって。元々、無理に生き延びようとする生き物じゃないの。」



「だけど、まだ……」



「あんたたちは、よくやってくれたわ。私は、あんたたちがロイリアを救おうとしてくれたことを忘れない。あんたたちを、絶対に恨まない。」



「レティシア…っ。そんなこと言わないで…っ」



「だからお願い。ロイリアがロイリアであるうちに、殺してあげて。」



「―――……」



 初めてレティシアからされたお願い。

 それが、こんなにも悲しいことなんて。



「………」



 キリハはロイリアを見下ろす。



 薬で眠って、静かな寝息を立てているロイリア。

 こんなロイリアを見ていると、彼が町や人を傷つけるとは到底思えない。



 でも、知っている。



 本格的に壊れてしまったドラゴンには、かつての知性も自我もない。

 ただ凶暴な力を振りかざすだけの存在になってしまうと。





 ロイリアに、そんなことをさせるくらいなら―――





「………」



 黙り込んだキリハは、そっとそこを立ち上がる。

 ディアラントたちに背を向けて、ロイリアから数歩後退。





 次の瞬間―――その全身から、大量の炎が巻き上がった。





「―――っ!!」



 その光景に、誰もが言葉を失って息を飲む。



 ―――本当にいいの?



 静かに目を閉じて、自問自答。



 このまま、ディアラントにロイリアを任せていいの?

 それは本当に、彼の役目?



(俺は、ディア兄ちゃんに言った。レティシアたちの命は、俺が背負うんだって。)



 あの時の覚悟を思い出せ。

 自ら《焔乱舞》を掴んだ意味を、もう一度己に刻み込め。



 自分は、神竜リュドルフリアの意志を示す代弁者。

 その資格を背負った責務を、ここで放り投げるんじゃない。





 ―――これは他の誰でもなく、自分だけの責務だ。





「《焔乱舞》!!」



 閉じていた目を、しっかりと開いて。

 明確な意志を込めて、力強くその名前を呼ぶ。



 途端に、炎が自分の手に集まる。

 炎の中で手を握れば、そこに確かな感触が。





(俺は、もう逃げない!!)





 自分自身に、覚悟を突きつける。

 勢いよく腕を振ると、視界を埋め尽くす炎が綺麗に晴れた。





 そして―――手の中には、赤くきらめく一本の剣。





「キリハ……」



 キリハの手に現れた《焔乱舞》を見つめ、レティシアが泣きそうな声で彼を呼ぶ。

 そんな彼女にキリハも涙を浮かべて、今できる精一杯の笑顔を浮かべた。



「ありがとう。俺も、絶対にロイリアを忘れない。ここでお別れになっても……ロイリアはいつまでも、俺の友達だよ。」



 この先に続く未来。

 きっと自分は、何度でもロイリアを思い出しては、苦い気持ちと共に彼をしのぶだろう。



 でも、決して後悔はしない。

 彼の命を背負って、彼の想いと共に最後まで生き抜こう。



 それが自分にできる、唯一の弔いだ。



「ロイリア……ごめんね。」



 零れ落ちそうになる涙をこらえて、《焔乱舞》を構える。

 その時。





「だめぇっ!!」





 甲高い声が響いて、後ろから誰かがしがみついてきた。



「サーシャ!?」



 後ろを見たキリハは大きく目を見開く。

 そんなキリハに、サーシャは無我夢中でしがみついた。



「だめ! まだだめ!!」

「サーシャ! 危ないから離して!!」



「だめったらだめ!! あと……!!」

「―――っ!!」



 彼女の言葉にハッとしたのはオークス。



「この…っ」



 オークスは普段のゆったりとした仕草からは想像もつかない俊敏さでロイリアに駆け寄り、彼の首を抱えてその体を引き起こそうとする。



 その行動の意味を察したレティシアが、すぐさまオークスに手を貸した。



 無抵抗のロイリアの体が横向きになり、柔らかい腹部がさらされる。

 その瞬間。





 ――――――パァンッ





 その場に、一つの発砲音が響いた。


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