潜んでしまった太陽

 この日出現したドラゴンは、これまでのドラゴンの中では倒しやすい部類に入るものだった。

 そのためか多少手こずりはしたものの、キリハがいないという状況でも無事に討伐することができた。



 被害もおおむね最小限にとどめることができ、当初予期していたよりもかなりよい結果だったといえよう。

 困ることといえば、いつもはキリハが《焔乱舞》で行っていたドラゴンの死骸の処理くらいだ。



 しかし、この日ドラゴン討伐に関わった誰もが実感していた。





 ――― 自分たちが失うかもしれない存在の大きさを。





 たった一人が欠けただけ。

 だがその一人が欠けただけで、こんなにも現場の空気が違う。



 もちろん、《焔乱舞》を失った状態では戦力が桁違いだ。

 しかしそれ以上に、キリハがいないというこの状況が、皆にもたらす精神的影響の方が甚大だった。



 皆の動きがぎこちないのだ。

 疲れていることもあるのだろうが些細なミスが目立ち、竜騎士隊とドラゴン殲滅部隊の連携も噛み合わないことがあった。



 そして何より、皆に笑顔がなかった。



『帰ったら、何食べよっかな~?』



 これから、下手すれば死ぬかもしれない戦いにおもむくというのに、キリハはいつもと寸分違わぬ笑顔で、そんな間抜けなことを言うのだ。

 緊張感の欠片もないキリハらしい言葉に皆で笑い、それから剣を抜くのがいつもの景色だった。



 それ故に、こうして一度失ってみて、あの暢気のんきな言葉のありがたさを思い知る。



 もしかしたら、自分はここで死んでしまうかもしれない。



 キリハの何気ない一言は、皆のそんな恐怖をやわらげ、自然と意識を未来の日常という明るい方へと向かわせてくれていたのだ。



 意識を取り戻したキリハが安心できるように、キリハと《焔乱舞》なしでもドラゴンを倒せるのだと証明しておきたい。

 それは皆の総意だ。



 だが実際にドラゴンを倒してみて皆が得たのは、ドラゴンを倒せたという安堵ではなく、どす黒い不安でしかなかった。



 《焔乱舞》の偉大さ。

 キリハの天才的な剣の腕。

 そして、キリハという存在そのもの。



 それらがないという心の穴は、予想以上に皆に影響を与えていた。





 キリハはいつの間にか、誰も気づかないうちに皆の太陽になっていたのだ―――……




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