バラバラになっていく竜騎士隊

「え?」



 カレンの呟きに、サーシャが顔を上げる。

 どこか無垢なその表情を見つめて、カレンは曇っていた表情を苦笑にすり替えた。



「だってキリハが倒れてから、あたしたち、まともに話すらしてないよ? サーシャは部屋に閉じこもっちゃうし、ルカはルカで、どこにいるんだか分かんないしさ……」



「ご、ごめんなさい……」



「ううん、責めてるんじゃないの。ただ、キリハってすごかったんだなぁって、そう実感してるの。」



 どこか遠い目で、カレンは虚空を見つめる。



 キリハのあの無邪気な明るさとまっすぐさでサーシャを支え、宮殿の空気を変えてみせた。



 それだけじゃない。



 あのひねくれ者のルカでさえ、キリハには少し心を許していたように思える。

 本人に言えばすぐさま否定されてしまうだろうが、自分の目にはそう映って見えたのだ。





「あたしね……ルカは、任務を下りた方がいいと思うの。」





 ぽつりと呟くと、サーシャが眉を下げるのが分かった。



「ごめん。こんな話しちゃいけないんだろうけどさ…。でも、今のルカを見てるとね……」



 キリハが倒れてからというもの、ルカは徹底的に周囲をけている。



 元々竜騎士隊の面々以外とは、ほとんど挨拶すらしていないルカだ。

 孤立するのはあっという間のことだった。



 幼馴染みの自分でさえ避けているルカが、今何を考えているのか。

 なんとなく、それには見当がつく。

 だからこそ、放っておけない。



「サーシャ。もし……もしもの話だよ。今後、竜騎士隊が解散なんてことになったら……あたしは、ルカについていくことにするね。」



「カレンちゃん……」



「なんてゆーか、惚れちゃった弱みよね。あんなんでも、あたしにとっては誰よりも大切な人なのよ。それにルカって、なんだかんだで味方がいないと潰れちゃうから。」



 あんな態度のルカだけど、兄のエリクと同じで、本当は誰よりも竜使いの人々を想っている。

 なかば諦めている人々の分彼が怒り、正面から理不尽さとぶつかってきたのだ。



 不器用な彼は態度の変え方が下手で、結局全てを敵に回してしまうけれど、ずっと傍で彼を見てきた自分には分かる。



 ここにいるのは、悪者ぶった優しい人なのだと。



 きっと、本当の意味で彼を理解する人はいない。

 だからせめて自分が、どんな形であれ彼の傍に寄り添っていたいのだ。



 サーシャとカレンは、互いに口を閉ざす。



 ずっしりと重たい沈黙がその場を支配すると思われたその刹那、そんな空気を切り裂くように、甲高い音が部屋中に鳴り響いた。

 音の発信源は、部屋の天井に見えるスピーカーだ。



 カレンは疲れたように息をつき、自分の腰に下がる剣にそっと触れた。



「こんな時でも……ドラゴンは待ってくれないのよね。」



 呟き、隣のサーシャに手を差し出す。



「行こう。キリハはいないけど、だからこそあたしたちが頑張らないと、ね?」



 今頃、多くの人が同じ気持ちを抱えて剣を取っているだろう。

 キリハにどれだけ支えられていたかを実感しているからこそ、キリハにこんな不甲斐ない姿など見せられないから。



「うん。」



 悄然しょうぜんとしていたものの、サーシャは強い目で頷いた。





(やっぱり、キリハはすごいや。)





 サーシャの手を取りながら、カレンは改めてそう思う。



 昔の彼女なら、もう絶対に立てなかっただろう。

 今のサーシャを追い詰めているのはキリハの存在だけど、それと同時にキリハの存在は、今でもサーシャの心を強く支えているのだ。



 カレンとサーシャは、いつものように地下の駐車場へと急ぐ。



 駐車場はすでに、殺伐とした喧噪に包まれていた。

 慌ただしく人々が行き交い、多くの荷物が車に積まれていく。

 荷物の積み込みと人の乗車を終えた車が、エンジン音を激しく立てながらカレンたちの横を通り過ぎていった。



 その中。



「……ルカ。」



 捜していた姿を見つけ、カレンは無意識のうちに肩の力を抜いていた。



「遅いぞ。早く乗れ。」



 カレンたちに気づいたルカは眉一つ動かさず、二台並んだ車の内の後方の車両を示す。

 そして、ルカ自身はミゲルと共に前の車へと乗り込んでいった。



 ドラゴン殲滅部隊と竜騎士隊は、あくまでも別部隊だ。

 実質的に竜騎士隊の代表者としてキリハが担っていた部分を、今回はルカが受け持つことになったのだろう。



 仕事だから、それは仕方ない。

 分かっている。



 でも……



「……ひどい顔。」



 ようやく見ることができたルカの顔。

 それがカレンの意識に引っかかって、どうしようもなく不安を煽るのだった。


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