それは、君自身の力。
「よくよく考えてみれば、おかしくない!? コレ!?」
何度も思い返していたら、だんだんとこの状況の理不尽さに腹が立ってきた。
これまでに起こったことを話していたキリハは、ふいに湧き上がってきた感情の
そんなキリハの向かいには、テーブルに突っ伏して肩を震わせている人物が一人。
「……ごめん、キリハ君。面白くて……もう限界…っ」
「ちょっと、エリクさん! 笑い事じゃないよ!」
キリハが抗議するも、エリクの体はしばらく震え続けていた。
ファミレスの一角。
久しぶりに仕事が早く終わったというエリクから連絡を受け、こうして夕食を一緒に取っている。
初めこそ違和感があったものの、今では特に珍しくもなくなった風景である。
ルカも誘ったそうなのだが、にべもなく断られたらしい。
そうしてエリクの話に耳を貸しながら、自分も最近起こったことを話しているうちに、今の自分が置かれている状況のおかしさにようやく気づいたキリハであった。
「キリハ君って、本当に……ちょっと抜けてる部分があるよね。」
笑い声の合間に、そんなことを言われる。
自分でも色々と気付くタイミングが他より遅いことは事実だと思うので、反論のしようがない。
エリクに当たるのは筋違いだと分かっているが、誰かに掴みかかりたくなるこの衝動をどうしてくれよう。
キリハは頬を膨らませ、衝動をやり過ごすように、目の前に並んだ食事をひたすらに食べ進める。
そんなことをしばらくしていると、ようやくエリクの笑いが収まったようだった。
「はあ……ごめんごめん。それにしても、そっかぁ…。しばらくはこうやって、ご飯を食べに行くこともできなくなっちゃうね。」
「へ?」
エリクの言葉の意味が掴めず、キリハは首を傾げた。
「だって〈
「えっ……」
眉を寄せて固まったキリハの手から、するりとフォークが落ちていった。
「そうなの?」
「うん。毎年この時期は、どこのチャンネルも大会の特集番組ばっかで、優勝候補者へのインタビューとか、専門家の分析とかで盛り上がってるよ。……そういえば、ディアラントさんっていつも取材拒否で、書面でのコメントしかしてなかったっけ。そんな人のお弟子さんが、こんなところでのんびりご飯を食べてたら、すぐに囲まれちゃうよ。」
エリクの口調は、ただある事実を述べるように淡々としている。
「ええ…? ディア兄ちゃんって、そこまで有名だったの?」
「うん。むしろ、キリハ君がそれを知らなかったのが意外ってくらい。」
「うええ…。これが
キリハは頭を抱えた。
最近ようやくマスコミにつきまとわれなくなってきたというのに、これではまた逆戻りだ。
「ディア兄ちゃんめ……」
恨みがましく呟くキリハ。
しかし。
「でも、お兄さんのこと好きでしょ?」
「う…」
図星だった。
確かに予想外の展開ではあるのだが、ディアラントの性格を考えると、いかにも彼がやりそうなことだと思う。
それを分かっている手前、実際のところはそこまで怒ってはいない。
この状況に対する不満を差し引いても、ディアラントを慕う気持ちの方が大きかった。
複雑な表情をするキリハに、エリクは穏やかに笑う。
「でも僕はね、キリハ君がマスコミに騒がれるくらい有名になるのは、《焔乱舞》が君を選んだとか、お師匠さんが有名人だとか、そういうのは関係ないんじゃないかなって思うんだよね。」
「どういうこと?」
キリハは顔を上げて訊ねる。
「ディアラントさんもだけど、キリハ君自身にも、人を惹きつける力があるんじゃないかなってこと。」
「?」
ますます意味が分からない。
眉間にしわを寄せてエリクの言葉を理解しようとしているキリハに、エリクは笑みに苦いものを混ぜた。
「まあ、こういうのって、総じて本人には分からないものだよね。僕ね、キリハ君のお見舞いで宮殿に初めて行った時、すごくびっくりしたのを覚えてるんだ。」
エリクは静かに語り出す。
「医者といえ、僕も竜使いだからね。もう慣れたことだけど、患者さんに警戒されたり、出張先の病院で遠巻きにされたりっていうのは、珍しいことじゃないんだよ。」
「………」
そう言われると、胸がちょっと痛む。
こんなに優しくて患者思いの医者はいないと思うのだが、竜使いというだけでそれが伝わらないなんて。
途端に複雑そうな顔をしたキリハに構わず、エリクはさらに続けた。
「でも、宮殿で会ったキリハ君の関係者は、全然そんな態度をしなかった。最初からすごく好意的な態度で迎えられたし、キリハ君の知り合いでルカの兄ですって言ったら、もっと歓迎されたよ。これまで生きてきて、初めての経験だった。」
今でも、その時の感情を鮮明に思い返せるのだろう。
当時のことを思い出しながら話すエリクは、温かく穏やかな表情をしている。
「キリハ君が眠っている間も、目を覚ましてからも、色んな人と話した。それで思ったんだ。あの夢みたいな世界を創ったのは、間違いなくキリハ君なんだって。そこには、ディアラントさんの力なんて関係ない。あれは、君自身の力が起こした奇跡なんだ。ミゲルも言ってたよ。おれたちを変えたのは、間違いなくキー坊だって。」
その言葉に、キリハは少し戸惑ってしまう。
自分としては、そんな大袈裟なことをしたつもりはなかったからだ。
自分はただ、竜使いではなく自分自身と向き合ってほしかっただけ。
竜使いも何も関係なく、ルカたちやミゲルたちと個人として向き合いたかっただけなのだ。
そんな気持ちを率直にエリクに伝えると、彼は優しげな表情で頷いた。
「うん。それが、キリハ君の一番の魅力なんだよ。キリハ君にとっては当たり前かもしれないけど、そんな当たり前がみんなを引き寄せて、みんなを支えてるんだ。だから、つまり……」
「つまり?」
「キリハ君が目立つのは仕方ないから、もう諦めちゃった方が早いよ。」
エリクは爽やかな笑顔で、そう結論を述べた。
「何それー……」
キリハはまた
簡単にそうは言うが、できることなら穏やかに過ごしていたいというのが本音。
自分はカメラから逃げれば済むが、それで自分と親しい人に狙いが向いてしまうのは、あまりいい気分ではない。
「大丈夫だって。僕も何度かキリハ君の話を聞きたいって言われたことがあるけど、適当にごまかしてるし。他のみんなも、多分そうなんじゃないの?」
「う…。まあ……」
心を読まれていたのかエリクにそう言われて、キリハは渋い顔で言葉を濁す。
実際、そのとおりであった。
最初の方こそ自分も周りも辟易としていたが、最近はそれにも慣れてしまっている節がある。
自分はカメラからふらふらと身を隠すか、取材を受けても何も答えないようにしているし、ミゲルたちも個人情報だからと口を割らないようにしているとのこと。
それで自分からも関係者からも番組に使えるような情報は得られないと分かってきたのか、ここしばらくはマスコミに囲まれる回数もうんと減った。
そう考えると確かにエリクの言うとおり、下手に抵抗するよりも、周りの配慮に甘えてしまった方が得策なのかもしれない。
「諦める、かぁ…。なんかいまいち納得できないけど、そうするしかないのかな……」
「そうそう。」
キリハのぼやきに、エリクは何度も頷く。
そんなエリクの様子を、キリハはじっと見つめる。
さきほどから、少し気になっていたのだが……
「ねえ、エリクさん。」
「何?」
「その……さっきから、何してるの?」
意を決して、キリハはエリクにそう訊ねた。
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