見たことがない、その眼。

 ザ……



 そんな音でも聞こえてきそうなほどに、露骨に場の空気が凍りつく。



「えええええっ!?」

「はああああっ!?」



 キリハとミゲルの大絶叫が綺麗に重なった。



「ちょっ……ちょっと待て!!」



 ミゲルがディアラントに、鬼のような形相で詰め寄る。



「大会の参加資格は二十歳以上だぞ!? どういうことだ!?」



「大会自粛をぶち壊しにいったついでに、オレが直々に推薦しましたー。オレに並ぶ人間がいるとしたら、それはオレが昔から鍛えてきたキリハくらいだって。」



「だからって、そんな簡単に特例が許されるわけ……」



「向こうも結構乗り気でしたよ? トーナメントも、オレとキリハは決勝でしか当たらないようにしてくれるって話でしたし。」



 ディアラントが軽く言う。



 簡単に優勝者が決まっては面白くないし、ちょっとした話題提供だ。

 彼の主張はそういうことだったが、それを聞いたミゲルはますます表情を険しくしていく。



「お前…。もう少し、自分のことを大事にしろよ。」

「オレは自分のこと、結構可愛がってるつもりですよー?」

「はぐらかすんじぇねぇ!」



 声を荒げたミゲルは、へらへらとするディアラントの胸ぐらを乱暴に掴んで引き寄せた。

 激しい怒気をはらんだ彼の瞳が、間近からディアラントのことを射すくめる。



「おれは正直、大会を自粛するかもしれないって聞いた時、ほっとしてたんだぞ。それをまさか、お前自らひっくり返してくるなんて…っ。キー坊を使ってまで……そこまでして、上層部を焚きつける必要なんかなかっただろうが!! そこまでして自分のことを崖っぷちに追い込んで、お前は何がしたいんだ!?」



「………っ」



 キリハは思わず肩を震わせた。



 ミゲルが怒鳴ったその瞬間、ディアラントから笑顔が消えたのだ。



 まるで、生死のかかった戦いを控えたような。

 そんな不穏な雰囲気がディアラントを包み、触れれば切れてしまいそうなほどに鋭い光が、その双眸に宿る。



 それは、初めて見るディアラントの姿だった。





「――― あと、二年なんですよ?」





 冷え切った声。

 それに、キリハだけではなく、ミゲルも一瞬威圧されたように身をすくませる。



「先輩こそ、分からないんですか? 大会自粛なんて、ドラゴンをいい言い訳にして、勝負をうやむやにしたいっていう魂胆が丸見えじゃないですか。被害に遭った人たちや、オレたちへの配慮? そんなもの、あいつらが考えるはずがないでしょう? 違いますか?」



「………」



 ミゲルはその質問に答えず、口をつぐんだ。

 彼のそんな態度が、ディアラントの言葉が間違っていないのだと物語っている。



「逃がしませんよ。勝負を吹っかけてきたのは向こうなんです。負けそうになってきたからって、土俵から降りるなんて許さない。逃げ道は徹底的に潰します。そのためなら、いくらでも自分を餌にしますよ。」



 そこにいるのは、獰猛どうもうな獣。



 一度狙った獲物は逃がさない。

 そう言わんばかりのディアラントの眼光が、キリハとミゲルの呼吸を奪った。



 まるで、突然人格が変わってしまったようだ。

 そう思えてならないほどに、今のディアラントは普段の彼からはかけ離れていた。



「ディア……」



「先輩。これ以上は、別の場所で話しましょう。オレは別に、キリハを怖がらせたくて巻き込んだんじゃないんです。純粋にキリハと本気で剣を交えてみたい。その気持ちも本当です。こんな機会、そうそうないでしょうから。」



 ディアラントはゆっくりと手を伸ばすと、抵抗を忘れているミゲルの手を自分の胸ぐらから離した。

 服のしわを伸ばしたディアラントは一呼吸を入れて、言葉も出ない様子のキリハの頭を優しくなでる。



「つーわけで、オレはちょっと先輩と話してくるわ。ごめんな、変なとこ見せて。」

「あ……ううん……大丈夫……」



 なんと答えればいいのか分からないキリハは、どうにかそうとだけ言う。

 ディアラントはそれに苦笑すると、あっさりとその場から離れていった。



 対するミゲルはしきりにこちらの様子を気にしていたが、最終的にはディアラントを追うことにしたらしく、ディアラントの後を追いかけていった。



「えっと……」



 一人取り残されたキリハは、パチパチと目をまたたく。



 一体、何が起こったのだろう。

 正直なところ、初めて見るディアラントの姿が意外すぎて、二人の会話の半分も頭に入ってこなかった。

 まあ、元々自分に理解できる話だとも思えなかったけど。



 未だに頭は混乱しているが、ひとまず事実として分かることは―――





「俺……大会、出なきゃいけないの?」





 ただそのことだけだった。


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