衝撃の展開

 エントリー期間も終わり、それから数日。



「ディアさん、一本手合せをお願いします!!」

「あいよー。」



 会議室の外で待っていた男性たちに頭を下げられたディアラントは、鼻歌を歌いながら彼らと一緒に中庭へと向かっていった。



 もう何度見た光景だろう。

 ここ数日、ディアラントはこんな感じで常に人に群がられている。

 今日も例にたがわず、少なくとも昼までは中庭から離れられないのだろう。



「なんか、すごい人気だね。」



 中庭のベンチに腰かけて手合せの様子を見ていたキリハは、なかば茫然としながらそんなことを呟く。

 すると。



「大会に向けての研究だな。あいつ大会三連覇してるし、今年も優勝確実視されてるから。」



 隣に座っていたミゲルが、うんざりとしたように言う。



 きっとこれは、毎年恒例の風景なのだろう。



 国内最大級のイベントであるこの大会で、ディアラントは史上初めての二年連続優勝を達成し、現在も連覇記録を更新中なのだそうだ。



 そのためか、国民のディアラントへの関心も高い。

 大会も特別に、審査なしで本選への出場が決まっているそうだ。



 レイミヤは大会の時期ものんびりと畑を耕しているような町だったので、キリハは大会を控えたこの盛り上がりように、未だについていけないでいた。



「優勝確実か…。本当にそうだね。全然実力が違うもん。」



 キリハはばっさりと切り捨てる。



 これまでに、何人の人がディアラントに手合せを申し込んだか。

 それを数えるのは面倒だが、ディアラントにまともに攻撃を与えられた人物は、今のところ一人も出てきていない。



 誰を見ても、到底ディアラントの足元にも及ばない実力だ。

 これが本選に出場する人間の実力だというなら、優勝者はディアラント以外にはありえない。



 キリハの物言いに、ミゲルは苦笑を呈する。



「さすが、ディアの弟子は言うことがきっついな。でもまあ、おれの目から見ててもそうだからな。勝てっこないのに……ほんと、がめついねぇ。」



「がめつい?」



 ふと引っかかったのでキリハが訊ねると、ミゲルは肩をすくめた。



「国防軍じゃ有名な話だよ。大会でディアを負かせば、特例報酬に希望部署への優遇配属、その他諸々もろもろ特典つきだからな。あいつって、ここじゃ賞金首みたいなもんなんだ。だから、みーんな報酬目当てに必死に剣の腕を磨いてんのさ。全然敵いやしないけどな。」



「……なんで、そんなことになってんの? 戦力強化対策的な?」



 キリハは眉をひそめながら、思いついた推測を口にしてみる。

 どんな目的にしろ、金で釣る方も釣られる方もどうかと思うけど。



「そんな、可愛げのあるもんじゃねぇよ。」



 低く吐き捨てられた言葉。

 ミゲルは嫌悪感を滲ませた険しい目つきで、地面を睨んでいる。



 大会という単語が初めて出たあの日に見た、ミゲルとジョーの反応。

 そして今のミゲルに漂う、ピリピリと張り詰めた雰囲気。



 事情はよく分からないが、大会とディアラントに関して、何かよからぬことがあるのだということだけは察せられた。

 それについて、詳しく訊ねようとした時。



「くっそー!!」



 そんな声が中庭に響いた。

 それに頭を巡らせると、ディアラントがちょうど三対一の手合せに快勝したところだった。



「お前、どんだけ強いんだよ⁉ ありえねえ!」

「何人で束になりゃいいんだよ! ちくしょう…っ」



「んー…。多分、十人くらいなら余裕ですよ?」

「化け物が!」



 ディアラントにあっけなく敗れた三人組は、ぶつぶつと恨み言を零しながら中庭を去っていく。

 そんな彼らの背中に、ディアラントが大きく手を振った。



「先輩方ー!! 上に報告するなら、伝言を頼んでいいですかー? 上官方がムキになって色んな所に飛ばしてくれたおかげで、色々と勉強になりました。もっと強くなれそうですーって!!」



「うるせー!!」



 悔しげに怒鳴ってくる彼らに対し、ディアラントは眩しいほど爽やかな笑顔を向けている。

 それでちょうど人がいなくなり、ディアラントはすっきりとした表情でキリハとミゲルの方へと戻ってきた。



「お・ま・え・は!」



 ベンチから立ち上がったミゲルは、ディアラントが戻ってくるなりその額に手刀を叩き込んだ。



「まったくもう! ただでさえ目の上のたんこぶ扱いなんだから、無駄に煽るんじゃねぇよ!」

「いてて……すみませーん。オレ嘘つけなくて、すぐ本当のこと言っちゃうもんで。」



 素直に謝るディアラントだが、実のところなんとも思っていないというのは、誰の目からも明らかだった。

 あっけらかんとしたディアラントに、ミゲルは口元を引きつらせる。



「お前なぁ…。なんで毎年、この状況を楽しめるんだ? 楽観的にもほどがあるぞ。」



「え? 楽しいじゃないですか! 特に今年は、出張で得た技術をバンバン取り入れるつもりでいるんで、試合でどんな反応してもらえるのか、もう楽しみで楽しみで! やっていいなら、みんなに手取り足取り稽古つけるのに……」



「やめろやめろ。お前がそれをやると、厚意じゃなくて嫌味に取られるから。大体、お前はもう少し危機感を持つべきだって、おれは何度もなぁ―――」



「あー、もうやめましょうよー。キリハが話についてこれなくて、ぽけーっとしてるじゃないですか。」



 目をまんまるにしているキリハを逃げ道にして、ディアラントはミゲルの説教から逃れようとする。

 外野が一転、急にディアラントとミゲルの間に挟まれる形となったキリハは、戸惑いを隠せない。



「えっ…と。とりあえず、色々と大変……なんだね…?」



 苦しまぎれに言うと、ディアラントがわざとらしく嘆いた声をあげた。



「そーなんだよー。人気者は困っちゃうよなー。」

「……キー坊。お前からも言ってやれ。ちったぁ真面目になれって。」



 対処しきれなくなったらしく、ミゲルはとうとう頭を抱える。



「そんなこと言われても、俺には何がなんだかさっぱり……」



 キリハは当惑顔でディアラントを見上げる。



 ディアラントは、いつもと寸分変わらぬ笑顔。



 ミゲルの態度からして、大会が決して楽しいだけのイベントではないことは分かる。

 しかしディアラントの笑顔を見ていると、彼なら特に心配も必要ないだろうとも思ってしまう。



「とりあえず、もう大会からは逃げようがないんでしょ?」

「おう。ってか、大会自粛をひっくり返したのオレだしな。」



 言われてみればそうである。



「んー……じゃあ、なんかよく分からないけど、気をつけてね?」



 少し悩み、キリハはそう言うにとどめておくことにした。



「キー坊……」



 ミゲルが絶望的な声をあげる。



 しかし自分としては、これ以上は何も言いようがないというのが本音だった。



「ご、ごめん。でも、多分ディア兄ちゃんなら大丈夫だよ。それに俺、実はちょっと楽しみなんだよね。」



 隠しても仕方ないので、素直に思っていることを述べる。



「レイミヤじゃ大会の話なんて聞いたことなかったし、ディア兄ちゃんが大会三連覇してたってことも、この間初めて知ったくらいだもん。だから、ディア兄ちゃんの快進撃を生で見れるのが楽しみ。」



 ディアラントが誰よりも強いことはすでに知っているが、そんなディアラントがおおやけの場で活躍する様を見られるというのは、滅多にない機会だ。

 ディアラントが勝つと分かっていても応援したいし、どんな試合が見られるのだろうと思うと、胸がわくわくとする。



 ミゲルの態度は少しばかり引っかかるものの、大会自体はとても待ち遠しく感じることができた。



 



「なーに言ってんだよ、キリハ。」



 ぽんっと。

 ディアラントに肩を叩かれる。



 妙に弾んだ声につられて顔を上げると、ディアラントはこちらに満面の笑みを向けていた。

 そしてこの後に放たれた一言に、自分の大会に対する認識は百八十度変えられることになる。





「お前も出るんだよ?」




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