既視感の正体

 エリクは何故か、携帯電話の画面に視線を落として、せわしなく画面を叩いていた。

 表情は真剣そのもので、時たま何かを悩むようにうなっている。



 別にエリクの行動を不快に思ったわけではないのだが、彼があまりにも真面目な表情をしているので、病院で何かがあったのかと少し心配になったのだ。



 だが、それはただの杞憂きゆうに終わった。



「あ、ごめんね? 話の最中に。過去の大会のトーナメントと、会場の割り振りを調べてたんだ。」



「………? なんで?」

「なんでって、チケット取らないといけないし。」



 エリクは簡潔に答えると、また携帯電話の画面に視線を落とす。



「うーん…。前年度優勝者は決まって、Aブロックのシード位置に組み込まれるから、ディアラントさんのトーナメント位置はいいとして、キリハ君はどこに組み込まれるのかなぁ? ディアラントさんとは決勝でしか当たらないってことは、Bブロックなのは確実だけど…。問題はBブロックのどこか、だよね…。抽選作業とかを楽にするなら、単純にBブロックの最後尾に入れそうだけど…。Bブロックは大会二日目に試合をするってのは毎年恒例だし、その日のチケットを各会場分買っとけばいいか。」



「ちょ、ちょっと……」



 ぶつぶつと呟きながら一人で推測を並べ立てていくエリクに、キリハは思わず腰を浮かせた。



「エリクさん、見に来るの?」

「もちろん。」



 エリクは間髪入れずに即答する。



「だって、こんな機会滅多にないじゃん。今年出られたからって、来年も出られるとは限らないわけだし、せっかくだから見に行くよ。あ、テレビの録画予約もしとかないとね。」



 エリクの周囲には、花やら音符が飛び交っているように見える。

 まるで、遠足を心待ちにする子供のような浮かれようだ。



 一方のキリハは大焦り。



「俺、まだ大会に出ることに納得してないよ!?」

「でも、話の流れ的に断りようがないんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」



 逃げ場がないことを指摘され、キリハはずるずるとソファーに座って机に突っ伏した。



 ディアラントの独断によるとばっちりに対して、怒りはない。

 だが納得しているのかといえば、それは違う。



 せめて一言くらい、事前に相談があってもよかったじゃないか。

 そんな不満が頭の中に渦巻いているのが現状。

 たとえ断るすべがもうないとしても、文句を言わないことには気が済まない。



「ディア兄ちゃんの馬鹿ぁ~……」



 全ての元凶たる人物へ、渾身の恨み言を放つ。



「あはは、もうイベントだと思って楽しんじゃいなよ。応援してるから。ね?」



 キリハの頭をなでて、エリクは柔らかな笑みを浮かべる。



 それは医者として患者を安心させるための優しい笑顔に見える一方で、兄として弟を包み込むような温かい笑顔にも見えた。





(――― そっか…。ディア兄ちゃんと、おんなじ顔だ……)





 ふと気付く。



 エリクと話していると、妙な既視感を覚えることが多々あった。

 どんなに考えてもその理由が分からずにいたのだが、久しぶりにディアラントと接したことで、ようやく分かった。



 ディアラントにも弟や妹がいるが、下に兄弟がいる者に通ずる何かがあるかもしれない。

 ディアラントもエリクも、ものすごく似たような雰囲気で笑うのだ。



 そしてこんな風に笑いかけられては、何も言い返せなくなる自分がいて……



(なんか……もういっか。)



 単純かもしれないが、なんとなくそう思えてきてしまった。



「……ん。頑張る。」



 そう言うと、エリクはまるで自分のことを喜ぶように笑みを深めた。


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