第2章 だだ、生きているだけなのに……

ドラゴンを巡る各所の反応

 ドラゴンが名目上保護されてから、息をつく間もなく十日ばかりが経過した。



 生きたままでドラゴンを保護した。

 宮殿からの正式発表に、世間は混乱の渦に巻き込まれた。



 ドラゴンを保護した理由。

 ドラゴンをすぐに殺せなかった理由。

 それについて、ターニャは《焔乱舞》が動かなかったという事実を言わなかった。



 全ては神官である自分の判断である、と。

 キリハや《焔乱舞》の名前を出すことなく、ターニャは毅然とした態度で、今回の一件に関する責任を自身で背負った。



 そして、そんな彼女を助けるためにか、普段は一切の取材に応じないディアラントも、ドラゴン殲滅部隊の隊長として会見に出席。

 保護したドラゴンについては、ドラゴン殲滅部隊で責任を持って管理し、何かあった際には討伐をもって対処する、と。

 ターニャの隣で、徹底した管理体制と考えうる限りの処分方法を提示した上で、よどみない口調で安全を宣言した。



 国家民間親善大会を四連覇し、キリハと二人でドラゴンを倒してみせたディアラントだ。

 国民のヒーローがおおやけの場で人々を守ると明言したことは、結果としてかなりの影響を与えたといえよう。



 前代未聞の知らせを受けて衝撃を受けた人々も、あの風魔ふうまのディアラントがそう言うならと、頭ごなしに宮殿を批判することはなかった。

 そしてその世論を悪い方向に転じさせまいと、ディアラントだけではなく、ミゲルやジョーも積極的にメディアの取材に応じていた。



 去年に引き続き、今年も大会のトップに君臨した三人が、それぞれに安全を保障している。

 その根拠となるのは、これまで犠牲者を出さずにドラゴンを討伐してきた実績。



 彼らの発言が世間に受け入れられやすかったのは、今年の大会が終わってからまだ一ヶ月ばかりという、時期的な要因にも恵まれたからであった。



 とはいえ、それで批判の声の全ては打ち消せない。

 未知なる不安から、ドラゴンの処分を求める声が各所からあがっているというのが現状だった。



 そんな不穏な世間の中、依然としてドラゴンの処遇は決まっていない。

 意外なことに、キリハの他にも、ドラゴンを保護し続けるべきだと訴える少数がいたのだ。



 とはいえ彼らの目的は、キリハのように純粋にドラゴンを助けたいというものではなかった。



 ドラゴンの保護を訴える勢力の大半は、研究部を始めとする学術関係の人間だ。



 これまでは《焔乱舞》でとどめを刺す前の傷ついたドラゴンを観察するしかなく、またその時間も限られていた。

 それが生きたまま、基本的には人間に抵抗しないドラゴンが手に入ったのだ。

 研究者としては、喉から手が出るほど欲しいサンプルなのだろう。



 ドラゴンへの対処を巡る議論は、平行線を辿っていた。



 そんな渦中のドラゴンの世話はというと、今はキリハが率先してやっている。

 ドラゴンを保護すべきだと言いつつ、研究部の人間はドラゴンに近づこうとしないのである。

 正式にドラゴンを研究サンプルとして保護すると決まったわけではないから、結論が出るまでは宮殿本部に管理を任せておきたいのだろう。



 成り行きとはいえ、キリハがそんな風にドラゴンと交流を持つことに、やはりジョーはいい顔をしなかった。



 だが、彼も普段から忙しい身だ。

 キリハに同情的な人々もいることもあり、完全にキリハをドラゴンから切り離すことができないと判断しているのか、今のところは渋々黙認しているという状態だった。



 キリハは暇を見つけては、何もなくともドラゴンたちの元へ通った。



 今回ばかりは味方はいない。

 ディアラントは沈黙を貫いているし、ルカたちはドラゴンに関する話題に触れようともしない。

 ミゲルたちはなぐさめてくれるけど、自分と同じ立場かといえばそれは違う。



 本当の意味でドラゴンを信じているのは自分だけ。

 そしてあのドラゴンたちに受け入れられているのも、今は自分だけなのだ。



 わがままかもしれない。

 無責任かもしれない。



 それでも、人間とドラゴンの間に立てる人間が自分しかいないなら、自分が頑張るしかないじゃないか。



 どんなに考えて迷っても、やっぱりドラゴンたちを見捨てることだけはできないのだから。



 だから、できるだけドラゴンの元に顔を出した。

 伝わらないかもしれないと思ったが、何度も彼らに言葉を投げかけた。



 自分が地下シェルターに入ると、彼らは嬉しそうに高い鳴き声をあげる。

 甘えるように体を寄せてくる時もあるし、自分が落ち込んでいると優しくなぐさめてくれるような仕草を見せる。



 気のせいなんかじゃない。

 彼らにはちゃんと心がある。

 他の生き物たちと何も変わらない。



 それが分かれば分かるほど、どうしようもなく心がつらかった。



 ドラゴンと人間としてではなく、ただの個人として彼らと向き合えば、こんなにも心は伝わってくるのに。

 それなのに、それがどうしても人々には伝わらない。



 ギスギスとびついた空気は日を重ねるごとに重さを増し、心を押し潰そうとのしかかってくる。

 そんな息苦しさに耐えるのも、そろそろ限界が見え始めていた。


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