第3章 裏切り
情報の覇者の底力
その後、事情を聞いたジョーが大慌てでキリハの現在地を探ったが、結果として意味はなかった。
ジョーがキリハの現在地を探るキーにしていたのは、携帯電話の位置情報データと、《焔乱舞》の柄に仕込んでいた発信機。
そのどちらもが、キリハの自室に置き去りにされていたのだ。
携帯電話はともかく、あのキリハが《焔乱舞》を手放すわけがない。
誰もがそう信じて疑っていなかっただけに、その事態が起こっていることが状況の最悪さを物語っていた。
ジョーがフィロア中の監視カメラ情報を洗う中、ターニャとフールにも緊急伝令を出して、キリハの部屋をマスターキーで開けた。
「ルカ!!」
合流するや否や、フールは真っ先にルカへと噛みつく。
「どういうこと!? レクトからは手を引くって言ってたじゃんか!! なのにどうして逆に、レクトの血なんか飲んじゃってるの!?」
「うるせぇよ、この馬鹿ユアン!! 今はオレよりキリハだろうが!! いつまでもレクトに目をくらませてねぇで、ちったぁ現実を見やがれ!!」
「………っ!?」
さりげなくとんでもない事実が大暴露されたが、ルカもフールもヒートアップ状態でそのことに気付いていない。
最終的に二人は顔を背け合い、キリハの部屋をひっくり返すことに勤しみ始めた。
「ちっ…。ケータイは初期化済みか……
キリハの携帯電話を投げ捨てたジョーは、険しい表情に少しの笑顔を浮かべてパソコンに向かう。
「なめるなよ。データの復元方法なんざ、いくらでもあるんだよ…っ」
とんでもないスピードで叩き込まれる、プログラムコードの羅列。
それが処理待ちに差しかかると、彼は別のノートパソコンを引き寄せて違う作業に移る。
一体どれだけの作業を同時並行できるのか、彼の手や目は止まることを知らない。
ざっと五台は並んだパソコンは各所からの連絡や情報処理でオーバーワーク状態。
部屋に運び込んだ印刷機からは、ひっきりなしに情報が印刷された紙が吐き出されていた。
「うっわ!? なんだこれ!?」
机の引き出しの一つを開いたディアラントが、素っ頓狂な声をあげる。
そこには、これまでに送られてきた淡い紫色の封筒がぎっしりと詰まっていたのだ。
「おいおい……」
「マジかよ…っ」
そこに集まって中身をあらためたディアラント、ルカ、フールの三人は顔を真っ青にするしかなかった。
「えげつねぇストーカーがいたもんだな……」
「なんで、こんなことになるまで言わなかったんだよ…っ」
「―――言えなかったんだろうね。」
「キリハ君が完全に休みの日を外出で埋め始めたおよそ三ヶ月前……ショッピングモールの監視カメラに、キリハ君とレイミヤの子が映ってる。そこから
話しながらも片手でキーボードを忙しなく叩き、もう片方の手で別のパソコンのマウスを操作した彼は、忌々しげに舌を打つ。
「なるほど。どうやら誰かが、キリハ君を装って子供たちを呼び出したみたいだ。キリハ君の携帯電話には送信履歴なんてないけど、キリハ君のアドレスを騙ったメールが海外サーバーに残ってる。自分が騒げば、子供たちがどうなるか分からない……優しいキリハ君には、最強の脅しだっただろうね。」
「キリハの携帯電話には送信履歴がないって……まさか、もうデータの復元が終わったんですか?」
「当然。僕を誰だと思ってるのさ。情報社会なんざ、確かなテクニックと使えるネットワークがあれば、プライベートもくそもないんだよ。とりあえず、ディアたちは他の手がかりを探して! ターニャ様!!」
ジョーの厳しい口調が、ターニャへと向かう。
「今すぐに、国防軍のカストル・ラダン、ピアー・メルロ、マグザラリア・ドレッドを拘束してください! こいつらが定期的に、キリハ君の部屋に手紙を突っ込んでいたようです。ついでに、今は宮殿本部から離れているベルリッドにも任意聴取を。彼女も一度だけ、キリハ君に手紙を渡しています。」
「分かりました。すぐに手配します。」
重く頷き、ターニャも携帯電話を片手に慌ただしく各所とやり取りを始めた。
(くそ…っ。寝不足に頭痛にってところに、なんつー重労働だよ…っ)
ジョーは苛立たしげに髪を掻き上げる。
寝ぼけ
おかげで体調は最悪。
無理に頭をフル稼働させているせいで、頭痛はひどくなる一方だ。
何より憤りが収まらないのが、レクトの問題の裏で進んでいたこの事件を、この自分が一切感知できていなかったことだ。
一体どこで、こんなことを許す隙を作った?
思い当たる節は一点だけ。
約一年前、宮殿どころかこの国からも離れて、ルルアに出張した時だ。
当然ながら、ルルアには自分専用の環境なんてないので、遠隔でシステムや情報を監督するにも限界があったのだ。
それでも宮殿本部や部隊の防衛は完璧にやり遂げたので、それで油断していた。
犯人がその時からキリハを狙っていたのだとしたら、あの好機を
(僕のことも、あらかたリサーチ済みだったってわけね……犯人は、なかなかの大物と見える。)
自分はあくまでも裏の覇者。
表舞台に名前があがるのはせいぜい国家民間親善大会の時くらいだし、自分の脅威を知る人間の口は軒並み封じているはず。
それでも自分を脅威と見込んで的確な手を打てたということは、あちらもそれなりに強力なネットワークを持っているということだ。
そしてそのネットワークは、自分が掌握している宮殿本部や国防軍からは外れた、畑違いの領域にある可能性が高い。
(首を洗って待ってろよ。やられたからには、徹底的に叩き潰してやる…っ)
募る苛立ちと怒りを腹で殺しながら、復元が終わったキリハの携帯電話のデータに意識を這わせる。
どうやら、キリハへのアプローチを手紙にしていたのも、自分への対策だったようだ。
手紙が送られ始めた十ヶ月前からの履歴を辿るも、新たな登場人物はいない。
データだけを見れば、何も変化のない日常そのものである。
そこで国防軍の奴らを手駒に使ったのは、外部からの郵送物にかかる検閲をすり抜けるため。
検閲に引っかかれば当然データが残り、いち早く自分が手を回しただろう。
なんと用意周到な計画か。
キリハを追い詰めること以上に、自分を事件に関与させないことに大きな舵が取られているとは。
(……ん?)
一行一秒にも満たない速度でデータを流していたジョーは、ふとそこで手を止めた。
(六日前に、ミゲルから電話が来てる…?)
こんな夜遅くに?
一体どうして?
常識人の彼は、他人の生活を邪魔するような連絡の取り方はしないのに……
深く知っているからこそ抱く、親友への違和感。
無意識のうちに、手が別のパソコンへと伸びていた。
すでにハッキングで侵入していた位置情報システムを動かし、観測対象をキリハの携帯電話からミゲルの携帯電話に切り替える。
パッと見、おかしなところはない。
時おり買い物でスーパーやコンビニには行っているようだが、基本的に彼は父親の家から離れていない。
(あれ…?)
さらに履歴を
キリハに連絡をした、ちょうど一日前。
彼が、珍しい場所に向かっているのだ。
「―――なぁ…」
震える声が聞こえたのは、その時のこと。
視線を向けたその先では―――机に散らばる写真を見つめるルカが、声だけではなく全身を震わせていた。
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