絆が告げる犯人

 キリハのことを徹底的に調べて、彼がいつでも犯人の監視下にあることを示した写真たち。

 レイミヤだけではなく、自分の母親にまで監視の手が及んでいたとは。



 犯人の執拗しつようさに寒気を覚えながら、何か法則性がないかと写真を色んな角度から分類してみる。



 そんな中、見つけてしまった。





 ―――自分にしか分からない、とんでもない事実を示す一枚を。





「キリハのケータイに、最後に連絡したのは誰だ?」



 きっと、何かの間違いだ。

 そこにいる悪魔がやっているように、裏からデータを手に入れる方法なんて腐るほどある。





「まさか―――兄さんじゃないよな…?」





 どうか、違うと言ってくれ―――……



「………っ!! どうして、そのことを……」



 驚いたジョーの呟き。

 答えは明らかで、絶望への一歩が進んでしまう。



「もしかして、この件にあの人が関わってるの…?」



 すぐに自分と同じ疑いに辿り着いたジョーは、険しい表情でパソコンを睨む。



「だとしたら、ミゲルが一週間前にエリクの家に行ってるのは……」

「―――っ」



 居ても立ってもいられなくて、ルカはキリハの部屋から自分の部屋へ。

 上着だけを引っ掴み、階段を駆け下って宮殿を飛び出す。



 能天気ながらもしっかりとしていて、両親以上に信頼していた兄。

 彼の元へ急ぐ二十分ばかりの時間が、とてつもなく長く感じた。



「ル、ルカ君…?」

「兄さんは!? 奥にいるのか!?」



「え、ええ……」

「入るぞ! 後から他の奴らも来る!!」



「ルカ君!?」



 戸惑う看護師の横をすり抜け、エリクの事務作業場所となっているナースステーションの奥へ。



「あれ…? ルカったら、そんなに大慌てでどうしたの?」



 自分が小部屋に飛び込むと、パソコンに向かっていた兄がたじろぎながら席を立つ。

 気遣わしげに肩に置かれた手も、今はなんの気休めにもならなかった。



「兄さん……ミゲルとキリハを、どこにやったんだ!!」



 エリクの胸ぐらを掴んで彼に詰め寄ったルカは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。



「何か知ってるんだろ!? ……これ!!」



 ルカがエリクに突きつけたのは、一枚の写真。



 カメラを手にして腕をめいいっぱい伸ばしたエリクに、嫌がる自分を引っ張り込んだキリハが飛びついて―――三人で撮った、唯一の写真だ。





「この写真を持ってるのは、キリハとオレと―――兄さんしかいないはずだよな!?」





 悲痛な叫びが室内を揺らす。



 ちょうどその時、遅れて駆けつけてきたディアラントとジョー、ジョーに抱かれたフールが飛び込んできた。



「………」



 しん、と静まる室内。

 数秒の間、無表情でルカを見下ろしていたエリクは……





 ―――くすり、と。





 その表情に愉悦をたたえて、笑った。



「―――っ!!」



 彼の笑顔が語る。

 間違いなく、キリハを追い詰める一手に自身が関与していたことを。



「兄……さん…?」



 顔を真っ青にして、ルカは呟く。



 違う。

 自分の兄は、こんな風に笑う人じゃない。



 根っからの善人である兄は、絶対に他人を傷つけない。



 ましてや、弟である自分や、弟のように可愛がっているキリハを裏切るようなことなんて―――



「……う…っ」



 ふとその時、エリクの笑顔が歪んだ。

 がくりと床に膝をついた彼は、途端に激しく咳き込み始める。



 そして―――口元を塞いだ指の隙間から、赤い鮮血が滴り落ちた。



「兄さん!?」



 思わぬ事態に、ルカは彼への猜疑さいぎ心も忘れてその体を支える。

 そんなルカに……





「ありがとう……」





 かすれそうな声で、エリクはそう告げた。



「ルカなら、気付いてくれるって……僕が死ぬ前に、ここに来てくれるって……信じてた……」

「誰か! 誰か来てくれ!! このままじゃ、兄さんが…っ!!」



 彼が毒を飲んでいることを察し、ルカは渾身の力で外へと助けを求める。



「ルカ…っ」



 血だらけの両手でルカにしがみつき、エリクは必死に言葉を紡ぐ。



「カルテ、番号……C ― 1650 ― 3385の……隠し、フォルダ……あの子を………助け、て―――」



 伝えたいことは伝えた、と。

 満足そうに微笑んだエリクの体が、糸の切れた人形のようにくずおれていく。



「兄さん…? 兄さん!!」

「どいてください!!」



 自分の叫びを聞いて、駆けつけてきてくれたのだろう。

 何人もの医者と看護師が、自分を押しのけてエリクを囲む。



「毒物による中毒症状だ! 早く担架を持ってこい!!」

「はい!!」



 慌ただしくやり取りが交わされる、騒然とした室内。

 医者に応急措置を施されるエリクの表情に、もはや生気はない。



 それを茫然と見つめていたルカは、ふらりと立ち上がる。

 向かうのは、エリクが触っていたパソコン。



 おあつらえと言わんばかりに、画面に映っていたのはカルテ情報が集まったフォルダ一覧。



(C ― 1650 ― 3385の、隠しフォルダ……)



 エリクが残してくれたメッセージ。

 それは、無駄にしてはいけない。



 そんな義務感だけで、マウスを操作して隠しフォルダを表示。

 中にあったのは、テキストファイルが一つだけ。



「これは…っ」



 ルカは驚愕する。



 開いたファイルの中身は、一見してめちゃくちゃな記号や数字の羅列。

 だけど……





〝これ、覚えてる?〟





 自分とエリクには通じる、二人の絆を象徴する暗号―――



「くそ…っ。一足遅かったか…っ」

「まだ分からないよ。どうにかこうにか、エリクが助かれば……」



「―――ルカ……」



 悔しさを滲ませるディアラントとフールの声を、ルカの平坦な声が遮る。



「君にこんなものを読ませてしまうこと、本当に申し訳ないと思う。だけど僕には、この方法でしか希望を繋げない。電話もメールも、些細な行動すらも支配された状況では、下手に動けないから……」



「―――っ!?」



 ルカの言葉に、ディアラントたちが大きく目を見開く。



 びつきそうな頭を必死に回転させて。

 込み上げてくる涙を一生懸命にこらえて。



 ルカは、兄から託されたメッセージを解読していく。



「犯人の目的は、キリハ君の瞳……ドラゴンの血を受け入れ、再び彼らと言葉を交わすことを許された、あのくれない色の瞳を手に入れること。真っ向から襲ったところで勝てるわけがないから、時間をかけて精神から崩すことを選んだ。そして、キリハ君の心を壊す武器として選ばれたのが、僕だった。同じ業界にいて操りやすく、ルカを通じてキリハ君と関係を持ち、なおかつ仲がいい……色んな意味で、便利だったんだろうね。反吐へどが出るくらい、的確な人選だよ。犯人の名前は―――」



 ルカの瞳に怒りと憎しみが宿り、噛み締められた奥歯がにぶい音を立てる。





「眼科医の権威、医学理事会顧問―――――ジャミル・ベルトロイ。」




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