すぐに口説き出す大統領様

 ジェラルドの元から離れ、軽い案内をしながら宮殿内を移動し、宮殿本部へと入った頃。



「貴殿は、あのじいさんと仲が悪いのだな。」



 突然ノアが、そんな爆弾発言を投下した。

 それ対してターニャは軽く目をみはったものの、大して動じることなく口を開いた。



「……見抜かれてしまいましたか。さすがは、あのルルアを導いているだけのことはありますね。」

「取り繕わないとは…。貴殿は沈着冷静なだけでなく、肝も据わっているのだな。」



 少し意外だったのか、ノアはターニャの態度に目をしばたたかせていた。



「まあ仲が悪いというよりは、あのじいさんが一方的に貴殿を嫌っているだけのようだがな。気に食わんなら罷免すればいいのに、何故そうしないのだ?」



 さらりと軽い口調で、とんでもないことを訊いてくるものだ。

 さすがに顔を青くするディアラントだったが、一方のターニャはこの質問にも徹底的な冷静さで答える。



「そんなことはしませんよ。彼も我が国にとって、なくてはならない存在です。彼を慕っている方もたくさんいます。誰からも好かれるなんて無理なのですから、そこは折り合いをつけていかねばならないでしょう。」



「ふむ、あのじいさんにそれだけの価値があるのか…。ディアラントが〝頭の固いくそじじい〟と言っていたのは、あいつのことなのだろう?」



「あっ……」



 ぎくりと肩を震わせるディアラント。

 そんな彼を、ターニャの厳しい視線が射抜く。



「ディアラントさん? ルルアでは、大層羽を伸ばしていたようで?」

「あう……す、すみません。どこに行っても、嘘はつけない性分でして……」



「あなたは一応、国の代表としてルルアに向かったはずですが?」

「だって、まさかこんなところで大暴露されるなんて―――」



「………」



 ターニャが無言になり、自分の失言に気付いたディアラントが慌てて口を押さえた。



 だがそれも今さらな行動でしかなく、ディアラントに反省の色が皆無であることは、ばっちりとターニャに伝わってしまっていた。



 その証拠に。



「あとで、覚えておいてくださいね。」



 視線を前へ戻したターニャは、低い声でそう告げた。



 不機嫌オーラを全開にするターニャに、ディアラントは弁明の言葉を探しておろおろとしている。



 しかし結局、そんな都合のいい言葉などなかったのだろう。

 やがて彼は、溜め息を吐きながら絶望に満ちた様子で顔を覆った。



「あっははは!」



 その一連のくだりを見ていたノアは、腹を抱えて大笑いをする。



「面白いな、貴殿は。この男がここまで狼狽うろたえる姿なんて、初めて見たぞ!」

他人事ひとごとだと思って楽しそうに…っ」



 恨めしげにノアを見やるディアラントだったが、当人はそれを空気のように流してターニャの隣に並ぶ。



「気に入った! 貴殿、私の友となってはくれないか?」

「え…?」



 突然のノアの言葉に驚いたターニャから、冷静さを貫いた無表情が消える。

 ノアは笑った。



「互いに同じく、一国を治める者どうしだ。確か、歳もそんなに変わらないだろう? いつまでも他人行儀に貴殿と呼ぶのではなく、親愛の意を込めてターニャと呼ばせてほしい。それに私は一人の友として、ターニャのそんな愛くるしい顔をもっと見たいぞ。」



「あ、愛……」



 普段そんなことを言われ慣れていないせいか、ノアに真正面からそう告げられたターニャが瞬く間に顔を赤くする。



「あー…。まーた始まった。気に入った人をひとまず口説くのは、相変わらずですねー。」

「逆に、気に入らない者には見向きもしない。文字どおり、眼中に入らないんだろうね。」



 動揺するターニャを面白がってどんどん距離を詰めていくノアに、ディアラントとウルドはそれぞれ呆れた口調でぼやいた。



「でも…」



 そこでディアラントは微笑む。



「あの人に同じ立場で語れる友達ができるのは、オレとしても嬉しいかな。」



 嬉しさと安堵を滲ませて、ディアラントはターニャとノアを見つめる。



「………」



 そんなディアラントを、ウルドはしばらく思案げに観察していた。


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