馴染みのある特徴

 一方、その頃の女性サイドはというと……



「わ、分かりました。あなたの好きなようにしてくださって構いませんから、これ以上近寄ってこないでください!」



「なんだ、スキンシップは苦手か? ターニャはウブなのだな。もっと遊んでみたくなるではないか。」



 まるで酔っぱらいの親父みたいなことを言いながら、慌てるターニャの肩にノアが手を回しているところだった。



 ターニャから思った以上の反応を得られたのが嬉しいらしく、ノアはすっかりご満悦だ。



「それにしても、ターニャが私と気が合うタイプでよかった。安心して用事を済ませることができる。実は、私の顔に免じて頼みたいことが―――」



「お断りします。」



 その刹那、ターニャの顔から動揺のたぐいが一切合切消え失せた。

 あまりの切り替えの早さにノアが一瞬呆気に取られたが、彼女はすぐに不服そうな表情を浮かべる。



「ま、まだ何も言ってないではないか!」

「何を言われても、ディアラントさんをあげるつもりはありませんよ。」

「うぐっ…」



 図星を突かれたのか、ノアはそれ以上の言葉を継げないようだった。



「ディアラントさんを引き抜くためにわざわざここまで来るくらいですから、当然彼の優秀さはご存じなのでしょう? ご自分がそこまでして欲しいと思う人材を、どうして私が手放せると思うのですか?」



「だから、交渉しにここまで来たのではないか!」



「そうですか…。それでは、どんな交渉にもお応えするつもりはありませんので、どうぞお引き取りを。」



「むむ、この頑固者め! それが友に対する態度か!?」



「彼のことになら、どれだけでも頑固になりましょうとも。それに友だからこそ、遠慮する必要などないでしょう?」



 ノアの言葉を使って華麗に言い返したターニャは、いっそ晴れやかに見える笑顔を彼女に向ける。



「お前、性格変わってないか?」

「気のせいです。」



 ノアの苦渋に満ちた突っ込みも、ターニャにぴしゃりと一蹴されてしまう。

 すると。



「うう…っ。ずるいぞー!!」



 ノアは頬を膨らませて、子供のように地団駄を踏んだ。



「ディアラントレベルの人材なんて、一国にいるかいないかってくらい稀有けうなんだぞ!? ルルア中枢の武術レベルについてこれたのなんて、他国の人間ではこいつくらいだ。その上こいつ自身が、いい人材をほいほい釣ってくるんだぞ!? 欲しくならないわけがないではないかーっ!!」



「あなた…。そこまで分かっていて、よく私から彼を取り上げられると思いましたね……」



 とうとう、ターニャも呆れた表情をする。

 それにぐっと唇を噛んだノアは、握り拳を掲げて虚空を睨んだ。



「くっ……まあいい。最初から、この交渉が上手くいくとは思っていない。せっかく一週間もの時間を作ってきたのだ。どうにかして、ターニャかディアラントの心を動かしてみせよう。」



 あれだけターニャにばっさりと切り捨てられておきながら、ノアにはまだ諦める気がないらしい。



「……と、その前に。もう一つ、交渉を済ませなくてはならないな。」

「まだ何かあるのですか? できる範囲でなら考えますけども……」



 ターニャが半目で続きを促す。

 だが、今度のノアは首を横に振った。



「いや、こちらはターニャたちに関係なくてな。今朝、ものすごく面白い少年と出会ったのだ。どうせなら、ディアラントと一緒に連れていきたくてな。」



「面白い、ですか…?」



「そうなのだ! 聞いて驚け!!」



 実は話したくて仕方なかったのか、ノアはご機嫌で語り出した。



「お前たちにはいまいち受け入れられないかもしれないが、この国では珍しく、ドラゴンに偏見を持たない少年でな! これがまた、いい目をしているのだ。」



「はあ…」



「この国では逆境に立たされると理解しながらも、少しも躊躇ためらわずにドラゴンを好きだと言ってみせた。あの健気さと純朴さが、私の心に響いたのだ。きっとあの者は、育てれば伸びるぞー♪」



「………?」



 上機嫌で語るノアの後ろで、ふとターニャとディアラントがそれぞれ眉を寄せた。



 ドラゴンを好きだと言った、純朴な少年。



 なんだが、ものすごく馴染みがあるような……



「しかもだ! なんとその少年は、ドラゴンの言葉を理解できるときた! おそらくこの国で、竜使いと呼ばれている一族の末裔なのだろうな。そういえば、ターニャもの者と同じ色の目をしているが、もしかして竜使いは、皆がそんな面白い目をしているのか?」



「!!」



 ターニャとディアラントは、ほぼ同時に顔を見合わせていた。



 まさか…?



 二人の表情には、そんな疑惑が表れている。



 この国でそんな珍しい特徴を揃えた人物なんて、一人しかいないではないか。



「そうだ。ここなら、あの少年について調べられないか? 名をキリハというんだが……」





(やっぱり――――っ!!)





 くるりと振り向いてきたノアに、ターニャとディアラントの二人は、動揺を押し隠して無表情を貫くので精一杯だった。


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