どのみち、未来は変わらず。
「あー、やっぱりかぁ…。だからあの人に、キリハを会わせたくなかったんだよ。」
総指令長室から出たディアラントは、ドアにもたれかかって深い溜め息を吐き出した。
「なんで? すっごくいい人そうだったけど。」
「うーん…。悪い人ではないのは認めるけど、あんまり気を許しすぎるのもな。」
ディアラントは頭を掻きながら廊下を進む。
「あんな性格だけど、情報部の
「あの人は特定の誰かの味方ってわけじゃなくて、情報の味方だからさ。売れると思った情報は容赦なく売るし、価値がないと思った情報はとことん無視だ。ある意味、誰よりも平等な人かもしれないな。キリハのこと、竜使いだからって毛嫌いしなかっただろ?」
「あ…」
言われてみればそうだった。
ディアラントはふうと息をつく。
「国の情報管理は全部、あの人の手中みたいなもんだよ。情報部なんて、互いの弱みを握り合って、牽制し合ってるような奴らばっかだからなぁ。だからなのかあの人、キリハみたいな奴に目がないっていうか……」
「と、いうと?」
キリハは可愛らしい仕草で小首を傾げる。
そんなキリハの純な視線を受けたディアラントが、途端に複雑そうな顔をした。
「あの人は、正直で素直な子供をからかって遊ぶのが大好きなんだよ。キリハなんて、あの人の好みドストライクだ。見ただろ? お前の反応見る度に、あの人が機嫌よくなってたの。」
「確かに、なんか嬉しそうだなぁとは思ったけど……」
「そういうことだよ。あの人なら、絶対にウキウキしながら絡んでくると思ったから、今日までは会わせるのをなんとか阻止してきたんだ。あの人がいる世界は色んな意味で危ないから、できれば引きずり込まれてほしくないじゃんか。」
「な、なるほど……」
「ちなみにあの人のお気に入りは、ミゲル先輩とアイロス先輩。ミゲル先輩はひねくれた時期を通り過ぎて素直に戻ったって感じだし、アイロス先輩はすぐに顔を青くして胃を痛めるから、どっちもあの人にとっては面白いおもちゃみたいなもんだ。」
「へぇ…。確かに、俺と気が合う二人だね……」
「あー、でも……あの人、ジョー先輩のこともとりわけ可愛がってるんだよなぁ。まあ、ジョー先輩の場合は自分の後釜って意味で構ってるんだろうけど。」
「うん……」
清々しいくらいに納得できる話だ。
油断していると引き込まれる、と。
ジョーにそう言われた理由がようやく分かった。
どうやら自分が知らなかっただけで、自分は多方面で目をつけられているらしい。
きっとケンゼルが自分に興味を持っていることも、ジョーはすでに知っていたのだろう。
だけど……
「俺があのおじいちゃんに気に入られたの、絶対にディア兄ちゃんの影響だと思うんだけど。」
率直に思ったことだった。
「うっ…」
何か思い当たる節があるらしく、ディアラントが思い切り言葉に窮する。
「そうなんだよな。オレがキリハのこと、みんなにペラペラとしゃべってたのがいけなかったんだよな。」
「別に、そこを責めるつもりはないんだけど…。なんだかんだ、ディア兄ちゃんも結構気に入られてるよね。」
ケンゼルとディアラントのやり取りを思い返す。
まるで、血の繋がった親戚のように遠慮のない会話だった。
口ではつまらないと言いながらも、ケンゼルはディアラントと話すことを楽しんでいたように見えた。
「そこな? 確かにオレ、嘘つくのは下手だけど、性格はジョー先輩寄りな気がすんだよなぁ…。ま、あの人はオレが嘘つかずに突っかかってくるのが好きみたいだから、オレもオレで気兼ねなく、それを利用させてもらってるけど。」
今さらっと、とんでもないことを聞いたような気がする。
そんな感想は胸にしまっておき、キリハはなんともいえない気分でディアラントを見上げた。
ディアラントの偉大さもまっすぐさも昔のままだが、やっぱり今の彼は昔と違う。
昔のディアラントは、もっと自由だった。
でも今は、自由だけど自由じゃない。
論理的に説明しろと言われても困るのだが、なんとなくそんな気がする。
なんだろう。
そよ風に乗ってふわふわと空を漂っていた綿毛が、ようやく降りるべき地を見つけて、そこに根を下ろしたとでもいうような。
「あ、ようやく帰ってきた!」
ディアラントの何かを見定めようとしていたキリハの思考は、ふいに飛び込んできた第三者の声によって霧散してしまった。
「あれ、ジョー先輩じゃないですか。どうしたんです?」
顔を向けた先では、ジョーがどこか焦りを滲ませた顔で立っていた。
「やっぱり、タイミングよく情報部に呼び出されてたんだ。どうりで、こんな……」
ディアラントが制服に身を包んでいるのを見つめ、ジョーは辟易とした息をつく。
「一本取られたみたいだよ。これ見て。」
ジョーが差し出したのは携帯電話だ。
何かの映像を流しているのか、携帯電話の画面の中には白い光が明滅していた。
画面を見つめ……
「わーお。」
ディアラントは口笛を一つ吹く。
携帯電話の画面には、どこかの会見会場が映っていた。
白い長机に並んだ人々が眩しいフラッシュの光を浴びながら、会場に押し寄せた記者たちの質問に答えている。
その画面の右上には、〈国家民間親善大会、本決勝戦の開催が決定!〉の文字。
「この会見、いつから始まってたんです?」
茫然とするキリハの隣で、ディアラントは冷静にジョーへ訊ねた。
「三十分くらい前かな。もうどのチャンネルも、この話題で持ち切り。」
「三十分前っていうと、ちょうどオレたちが情報部の幹部階に入った頃か。あの人、断らせる気なかったな。」
「昨日の今日だもん。売り時と言えば売り時だね。僕でも同じことする。」
「ぶっちゃけ、オレも同感です。今頃、ミゲル先輩が執務室で絶叫してそう。」
「してそうじゃなくて、もうしてる。」
「あ、やっぱ?」
切り替えが早いのか、これも予想の範囲内のことだったのか、ディアラントとジョーには全く深刻そうな色がない。
対するキリハは、その顔に冷や汗を浮かべていた。
正直な気持ちを言うなら、今すぐ執務室に向かって、ミゲルと一緒に叫びたいくらいだ。
ケンゼルは情報の味方。
ディアラントの言うことの意味がよく理解できた。
あの場で自分が決勝戦への参加を拒んだとしても、もう何もかもが手遅れだったのだ。
好きと実益は兼ねないというジョーの言葉を、分かりたくないのにちょっとだけ分かってしまって、気分はますます複雑になる。
これは、本格的に腹をくくるしかなさそうだ。
それを悟るしかなかった。
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