過去のミゲル

「もしかしてミゲルって……〝覇王〟って呼ばれるの嫌いなの?」



 見たまま感じたまま、キリハは疑問に思ったことを口にしてみる。



「まあね。」



 ジョーが示したのは肯定。



「大学時代のミゲルって、今より相当性格が歪んでたんだよ。自分のことも他人のことも、大嫌いって感じでね。だからか、周りから〝覇王〟って呼ばれてはやし立てられるのが、結構頭にきてたみたい。今はそこまで嫌いじゃないみたいだけど……まあ、できれば思い出したくない、黒歴史みたいなもんだよね。」



「おい、ジョー!! てめえもてめえで、何余計なこと吹き込んでやがんだ!」



 ディアラントの胸ぐらを掴んでいたミゲルが、ジョーの言葉を聞きとがめて、鬼のような形相で勢いよく振り返ってくる。

 そんなミゲルに。



「……ごめん。」



 ぺこりと、キリハが頭を下げた。



「俺、全然それを知らなくて無神経なことを…。もう言わないようにする。」

「………」



 しゅんとするキリハに、その場の誰もが言葉を失った。

 少しの間逡巡しゅんじゅんする素振りを見せていたミゲルは、溜め息をつきながらディアラントを離す。



「やめてくれよ、キー坊。お前に謝られちゃ、おれの立場がねえっての。自分の心の狭さを痛感するっつーか、なんつーか……」



「ほんと、純粋な子って怖いですよね。」

「お前は、少しはキー坊を見習え。」



 ミゲルは戸惑いの表情で自分の髪を掻き回し、次にキリハの方へと近寄ってその頭を優しくなでた。



「悪かったな。気を遣わせるつもりはねぇんだ。どうせ大会が終われば、自然に収まる。」

「でも……」



「大丈夫だって。おれは別に、キー坊にイラついたわけじゃねぇぞ? 普段からいつも、そこの馬鹿隊長よりもよっぽどできた人間だと思ってるぜ。」

「まっ、ひどい言いよう。」



 すぐさまディアラントが横槍を入れる。

 途端に、ミゲルの表情が険しくなった。



「お前の場合、ほとんど確信犯だからムカつくんだよ。」

「オレは、何事も楽しくやりたいだけなのに……」

「だから余計に、性質たちが悪いんだっての。」



 何を言われてもけろっとしているディアラントに、ミゲルはやれやれとぼやきながら額に手をやる。

 しかしそんなミゲルの態度もまた、ディアラントにとっては柳に風といった様子であった。



「さて、と。じゃあ、そろそろ開会式も始まりますし、行きますか。」

「あ? もうそんな時間か…?」



「そうですよー。ターニャ様だってもう会場に向かったのに、オレたちだけ、ずっとここで油売ってましたね。」

「そう考えると、いいご身分だな。」



「まあまあ。ヒーローは、遅れてやってくるもんですよ。」

「何をぬけぬけと。」



 ディアラントとミゲルは、気の抜けた会話を交わしながら部屋を出ていく。



「ふふ。本当に、仲がいいんだから。」



 二人の後にキリハと一緒に続き、ジョーは穏やかな表情でそう言った。



「いっつもあんな感じだけど、あの二人って、すごくお互いのことを信頼し合ってるんだよね。人間嫌いだったあのミゲルをここまで変えたんだから、ディアはすごいよ。」



 あのミゲルが人間嫌い?



 キリハは、ジョーの言葉に少し驚いてしまう。



 自分の中でミゲルは、豪快で頼りがいのある兄貴気質という印象だった。

 誰に対しても変わらない態度で接する、親しみやすい人柄ではないか。



 しかしジョーとミゲルは、中学生の頃からの付き合いだと聞いた。

 そんなジョーが言うのだから、きっとそれは事実なのだろう。



 キリハは前を行くディアラントたちを見つめる。



 ディアラントが軽口を叩き、ミゲルが鉄拳を与えるという光景。

 いつもの何気ない日常だが、そんな風景からも、二人の間に強い絆があることは伝わってきていた。



 大会に関しても、ミゲルは誰よりもディアラントの身を案じていたし、ディアラントがあの狩人かりゅうどのような顔を見せたのも、ミゲルの前でだけだった。



 互いのことを一番に信じている。

 だからこそ、あの二人の間には一切の遠慮がない。

 きっと、そういうことなのだろう。



(きっと、大丈夫。)



 キリハは淡く微笑む。



 これから大会が始まる。

 何が起こるのかは想像もできない。



 この長い間、たくさんの光景を目にしてきた。

 たくさんの人と触れ合い、たくさんの感情を味わった。

 怒濤どとうの勢いで過ぎ去った時間の中で、色んなことがあったけど、それでも最後には笑えた。



 それはディアラントと、彼を支えているドラゴン殲滅部隊の皆が、揺るぎない絆を見せてくれたから。

 自分の判断が正しいのだと安心させてくれるほどに、皆がまっすぐに前を向いているからだ。



 だから、この先も大丈夫。

 どんなことが起こっても、ディアラントはその困難を超えていくだろう。



 ディアラントへの一番の気遣いは、思い切り背を預けてやること。

 ならば、自分も遠慮しないことにしよう。



 キリハは微笑み、自分の腰にかかる《焔乱舞》にそっと手を添えた。


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