選定の儀

「うーんとねえ、じゃあ今期は……」



 フールは目の前にずらりと並ぶ人々を見渡し、一人一人の顔を見ながら手の中にある物を放り投げた。

 それはころころと机の上を転がり、やがて静止する。

 フールは一人の顔を見てはそれを投げ、また隣の人の顔を見てはそれを投げる。



「君。……それと、君、かな?」



 フールに指され、少年と少女が一歩前に出る。

 その様子を見ていた群衆の中から、ひそひそと声が聞こえてくる。



「竜使いがこうも並ぶと、気味悪さが増すなぁ。」

「本当に。竜使いなんかを採用するなんて、宮殿も何を考えているんだか。」

「あんな…時代の災禍みたいな連中に。」



 飛んでくるのは辛辣しんらつな言葉。

 少年はそれを聞きとがめ、野次馬たちをキッと睨んだ。

 少年の凄みを帯びた視線に射すくめられ、人々は無関係を装って顔をあらぬ方向に向ける。



「あんな戯言ざれごとを、真に受けてはいけませんよ。」



 奥歯を噛む少年に、ターニャが静かな声音で語りかける。

 しかし少年は感情を抑えられないのか、殺気立ったまま怒りの矛先をターニャに向けた。



「何が戯言だ。竜使いのくせに宮殿でまつり上げられているお前に、毎日こんなことを言われているオレたちの気持ちが分かってたまるか。」



 少年の物言いに、ターニャの後ろに控えていた兵士が剣を抜きかける。

 それを制したのは、他でもないターニャ自身だった。

 ターニャは少年の敵意に動じることなく、ただ静かに彼を見据える。



「あなた方が日々受けている誹謗中傷は知っています。でもあなたは今、ここにいる人々を見返すチャンスを手に入れたではありませんか。竜使いの未来を変えることが、あなたにできるかもしれませんよ。」



 ターニャが言うと、少年の目にぎらぎらとした激情が滲んだ。



「分かってる。」



 そして少年は、また群衆たちをきつく睨みつける。



「絶対に後悔させてやる。」



 その言葉には、とてつもない怨嗟がこもっていた。



 これは、フールもなかなかに扱いが大変そうな者を選んだものだ。

 ターニャは軽く息をつき、そのフールに目を戻す。



 彼は手元に転がったそれを見つめ、難しそうにうなっていた。



「まだですか?」



 端的にそうとだけ問う。



 珍しいことも起こるものだ。

 フールがここまで選定に時間をかけることなど、記憶している限りではなかったと思うが。



 フールは唸り続け、やがて大きく溜め息を吐いた。





「ターニャ~。今回はちょっと待ってぇ~。」





 情けない声で、彼はそんなみっともないことを平然と言ってのけた。

 彼の性格上このような発言は特に珍しいことではないのだが、ターニャは少しだけ驚いてしまった。



 フールが選定の結果を先送りにすることなど、過去に一度としてなかったからだ。



「どうしました? まさか、適合者がいないとでも?」

「いんや~。一応、適合してる子はいるんだけどぉ……」



 フールは納得できませんとでも言いたげに頬を膨らませた。



「なぁんか、違うんだよね。」



 ターニャは返す言葉もなく、眉をわずかに寄せた。



 フールによる選定の儀は、この国において最も重要だ。

 だからこそ、彼に曖昧な判断をされては非常に困る。

 なので。



「分かりました。一週間待ちましょう。」



 致し方なく、ターニャはそう答えるのだった。


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