当然のように頼っていた人

「くっそ……やっぱり出ない…っ」



 キリハが宮殿を出ていってから三日目。

 何度目かも分からない電話を断念し、ディアラントは悔しげに唇を噛む。



 宮殿から出かけた一昨日おとといに帰ってこなかった時は、おそらくシアノやレクトと共に夜を明かしたのだろうと思った。



 キリハ自身からレクトと交流する目的を聞き、ジョーやルカがキリハを好きにさせていた理由がよく理解できたので、時々様子を聞かせてもらうことを条件に、自分とミゲルも彼の行動を見守ることにした。



 だから、今朝の会議の後にでもこの二日の話を聞こうと思っていたのに……今朝になっても、キリハは宮殿に戻らなかった。



 さすがに心配になって電話をかけまくっているのだが、一向に電話が繋がらないのだ。

 メッセージも全く既読がつかないときた。



「キリハ……」



 ディアラントの傍で、サーシャが涙ぐむ。

 小さく震える彼女を支えるカレンも、他のドラゴン殲滅部隊の面々も、突然の出来事に戸惑いと不安を隠せずにいた。



(……おい、レクト。)



 騒然とする会議室の隅に退避し、ルカは心の中でレクトに呼びかけた。



「……ん? どうかしたか? お前から呼んでくるとは珍しいな。」

(アホか、察しろ。あの馬鹿はどうしてる? まだそっちにいるなら、とにかく電話に出ろって伝えろ。)



 どうせシアノに引き止められて、ずるずるとそちらにいるのだろう。

 当然キリハがレクトの元にいると思っていたルカは、そう告げたのだが……



「いや…? キリハは来てないぞ?」



 返ってきたのは、まさかの言葉。



「は…? 来てない…?」



 思わず、心の声が口からも漏れてしまった。



(ちょっと待て。一昨日は? あいつ、一昨日から宮殿にいないんだぞ?)

「一昨日も来ておらんな。私が声をかけた時は、別の用事があって、その連絡待ちだと言っていたが……」



(別の用事だと…?)



 そんな話、キリハからは一度も聞いていない。

 最近のキリハが外に出かける理由は、レクトたちに会うためだけではなかったというのか。



(おい。今すぐにあいつの感覚にリンクしてくれ。あいつは今、どこで何をしてるんだ。)

「分かった。少し待っていろ。」



 快く了承したレクトからのリンクが切れる。



 キリハがレクトの血を飲んでいてくれて助かった。

 彼の力があれば、人間では手が届かない情報も手に入るのだから。



 一気に認識が変わってしまったルカは、焦りで爪を噛みながらレクトの報告を待つ。

 彼がこちらの感覚に戻ってきたのは、五分ほど後のことだった。



「見てきたぞ……」



 歯切れの悪い第一声。

 それだけで、状況がかんばしくないことだけは伝わった。



(どうだった?)

「………」



(おい、さっさと言え。なんのためにお前に頼んだと思ってるんだ。)

「………キリハは……」



 急かすと、レクトは重たい口を開くような雰囲気で報告を始める。



「キリハは、深く眠っている。何度か呼びかけてみたが、全く反応せん。薬で眠らされているか、あいつ自身が現実を強く拒絶しているかのどちらかだろう。」



「なっ…!?」



「仕方ないから一時的に体を借りて、周りの様子を見てみたが………あんな部屋に閉じ込められたら、誰だって気が狂うだろうな。」



「どういうことだ!? あいつは今どこにいる!?」



 動揺を押し込めるのも限界で、ルカは大声で怒鳴る。

 それで会議室にいる全員の視線がこちらに集中したが、それを気にする余裕などなかった。





「……目だ。」





 レクトは、重々しく告げる。



「壁一面に、赤い目のホルマリン漬けが並んだ、実験室のような部屋にいた。」

「―――っ!?」



「具体的にどこかは分からん。部屋には窓がなくて、外から鍵がかけられていたものでな……」

「くそっ! あの馬鹿!!」



 憤りとも悔しさともつかない激情が訴えるまま、壁を渾身の力で殴りつける。

 そして、この場を収める隊長を睨みつけた。



「おい、やべぇぞ! あいつ、どこかに監禁されてやがる!!」

「!?」



 それを聞いたディアラントを始め、皆が一気に血相を変える。

 ただでさえ泣きそうだったサーシャは、途端にぼろぼろと涙を流し始めた。



「具体的な場所は分からねぇし、さすがにショッキングすぎるからこの場では言えねぇけど……相当やばい場所にいるみたいだ。」



「ど、どういう……」



「おい、サーシャ! カレン!」



 現実についてこられないディアラントは放っておき、ルカはサーシャたちに詰め寄る。



「一昨日、キリハが出ていくのを見たんだよな!? あいつ、どこに行くって言ってた!? 誰に会うって言ってた!? なんでもいいから、あいつが言ってたことを教えろ!!」



「ふ……う…っ」

「ちょ、ちょっと、ルカ……」



「オレが怖い上にテンパってるのは分かるけど、今はそれどころじゃねぇんだよ!!」



 ルカは彼女たちの肩を大きく揺さぶる。

 すると、気迫に押されて彼女たちが口を開いた。



「と、特に……行き先のヒントになりそうなことは、言ってなかったわよ。話したことって言っても、本当に軽い世間話くらいで……」



「う、うん……私も……ゆっくり休まなきゃだめだよって……言った…くらいで…っ」



 気まずげに語るカレンと、泣きじゃくりながらも一生懸命に言葉を紡ぐサーシャ。



「別に……いつもと変わった様子は、なかったよ…っ。何を言っても、大丈夫、大丈夫って……笑ってて…っ」



「―――っ!?」



 それに目を剥いたのはディアラントだ。



「サーシャちゃん!!」



 彼はルカを押しのけて、サーシャの両肩を強く掴む。





「その言葉、よく思い出してくれ! キリハの奴……〝大丈夫、大丈夫―――ありがとう。〟って言わなかったか!?」





 ディアラントの声が空気を揺らした瞬間―――



「あ…」



 サーシャとカレンが、同時に大きく目を見開いた。



「くそ! 最悪だ!!」



 それだけでキリハの心を襲う危機を察したディアラントは、大慌てで会議室を飛び出す。

 それに追随するように、ルカも会議室を後にした。



 互いに示し合わせなくとも、向かう先は一つだけ。



「ジョー先輩! ジョー先輩!!」



 昨日は夜勤だった彼の部屋にかじりつき、ディアラントはドアを乱暴に叩く。

 その隣で、ルカはインターホンを連打していた。



「……ああもう、何さ…。こっちはまだ、二時間しか寝てない―――」

「そんなこと、今はどうでもいいんです!!」



 一分ほどで出てきたジョーに、ディアラントとルカが迫る。



「キリハは今、どこにいるんですか!?」

「どうせお前のことだから、あいつの位置情報くらい追ってんだろ!?」



「は…?」



 頭痛をこらえるように頭を押さえながら、ジョーは怪訝けげんそうに眉を寄せる。



「いや、追ってないよ。キリハ君のことはディアとミゲルに任せたんだし、ちょっと休憩ってことで、今はリアルタイム監視アラートの対象から外してるけど…?」



「なっ…」

「おい、馬鹿か!?」



「え…? なんで…? 今の僕は、命に直結するような情報戦争ばかりやってるんだよ? 手が回りきらない以上、他に見てくれる人がいて命に関わらない情報なら、優先度を下げるのは当然じゃないの?」



「今まさに、キリハの命に関わってんだよ!!」



 綺麗に重なる、ディアラントとルカの悲痛な叫び。



「はあ…?」



 それに対して、状況を分かっていないジョーは首を傾げるばかり。

 しかしこの不可解そうな表情も、数分後には凍りつくことになる。





 一時の休息が生んだ致命傷は、まだその傷口を開いたばかりだ。




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