崩壊の言葉

「うーっ! さっむい!!」



 雪がちらつく外廊下。

 シミュレート室からカフェテリアに移動する途中でそこに出たカレンは、全身を震わせて肩を抱いた。



「まったく…。最近のルカ、本当に付き合いが悪い! まーた一人で勝手にどっか行ったー!!」

「ふふふ。相変わらず、仲良しだね。」



 幼馴染みへの不平不満を垂れ流すカレンを、サーシャは微笑ましげに見つめる。



 この二人がそのうち結婚するだろうということは、彼らを知っている人々では暗黙の了解だ。



 敵対心の塊だったルカはともかく、明るいムードメーカーであるカレンに誰もアプローチしないのは、そういう理由。



 あんな奴のどこがいいのか、と。



 何度も女友達が首をひねっていたけど、カレンは幼い頃からルカ一筋でよそ見すらしないので、今では口も出さない。



(いいなぁ…。自然と結婚までの流れができてる関係って……)



 自分の場合は、キリハにこの気持ちを知ってもらわないと先に進めないので、ちょっぴりこの二人がうらやましい。



 カレンには〝早く告白しちゃえ〟と言われるけど、まだそこまでの自信と意気地はないし。



 とはいえキリハは、恥ずかしいくらいにはっきりと〝あなたが異性として好きです〟って言わないと、好きの意味を勘違いしそうだし。



「あ…」



 噂をすれば、というやつだろうか。

 外廊下の扉を横切っていくキリハが見えた。



「キリハ!」



 一気に廊下を駆け抜けて、その後ろ姿に呼びかける。

 こちらの声に反応した肩が痙攣けいれんして、マフラーを巻いていた手が止まる。



「ああ、サーシャとカレンかぁ!」



 こちらを見て笑ったキリハは、優しそうな雰囲気で目元をなごませた。



(うう…っ。やっぱりかっこいい…っ)



 今日もときめきをありがとうございます。

 隣でカレンがにやにやとしているけど、胸の高まりは抑えられないんだから許して。



「今日もお出かけ?」



「うん。二人は訓練の休憩かな? ルカは?」



「聞いてくださーい。今日もあいつは単独行動なんですー。」



「あはは。ルカらしいや。色んな人と仲良くなっても、一匹狼なのは変わらないんだねー。」



「おかげであたしは、ルカ成分が不足してますー。キリハ、他の人はともかく、あたしは放置するなってルカに言ってくれない? 最近のあいつ、キリハの言うことしか聞かないんだもん。」



「そうかなぁ? なんだかんだと、カレンの言うこともちゃんと聞いてると思うけど。」



 面白おかしく話しながら、キリハは鈴が転がるような軽やかな笑い声をあげる。

 最近はフールと喧嘩をしていたせいで塞ぎ込みがちだったけど、すっかり元通りのようだ。



「あ、もう行かなきゃ。またね。」

「今日も遅くなるの? いつも一番頑張ってるんだし、たまにはゆっくりと休まなきゃだめだよ?」



「大丈夫だって! 体の頑丈さなら自信があるんだ。」

「そうかもしれないけど……」



「―――大丈夫だよ。」



 ぽん、と。

 キリハがそっと頭をなでてくれる。





「大丈夫、大丈夫―――ありがとう。」





 囁くようにそう告げたキリハはにっこりと笑って、あっという間に自動ドアを抜けて外へ出ていく。



「……むふふ。ラッキーおさわり、もらっちゃったね♪」

「~~~っ」



 からかうように口の端を吊り上げるカレンの隣で、サーシャは両手で顔を覆って悶絶。



 当然ながら、二人は知らなかったのだ。

 キリハのあの言葉が、彼の心が壊れる寸前に放たれるものであることなど。





 そしてミゲル同様、キリハも姿をくらませることになるなんて―――




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