歴史の欠片が告げる可能性

「多分、お前さんも感じてはおるだろうが……ほとんどの人間がドラゴンを嫌がるのは、ドラゴンが嫌いだからというよりは、得体が知れなくて気味が悪いからという方が近いかもしれん。」



 出だしでケンゼルが語ったのは、当然と言えば当然と言えることだった。



「うん。」



 確かにそれは肌で感じていることなので、キリハは否定することなく頷く。

 ケンゼルはそんなキリハの反応を確認してから、話を次に転じた。



「得体が知れないというのはもちろん、わしら人間が、ドラゴンのことをよく知らないからじゃ。じゃが、少しおかしいとは思わんかの?」



「おかしい?」



 キリハがケンゼルの言葉の一部をなぞると、彼は「そうじゃ。」とそれを肯定。



「セレニアは竜使いが生まれたくらいに、ドラゴンと友好的じゃった。それなのに今のセレニアには、ドラゴンに関する記録が全然残っておらんのじゃ。本来ならこの国の人間は、ドラゴンのことを深く知っていたはずじゃ。他の国なんか、比にならないくらいに。」



「なるほど。だからおかしいと……」

「うむ。では、どうして記録が残っていないんだと思うかの?」



 突然授業のように問いかけられて、キリハは真面目な顔で考えを巡らせた。



「うーん…。戦争で焼失したとかは、よくある話だよね。それか……誰かがわざと消した、とか?」

「当たりじゃ。」



 キリハが導き出した答えに、ケンゼルは満足そうに首を縦に振った。



「人々がドラゴンと生活を共にしていたことは、遺跡の研究からも本当のことらしいとされておる。ドラゴンと言葉を交わすことができた竜使いも、当時は選ばれし存在として、相当な権力を持っていたそうじゃ。おそらく、そんな竜使いを煙たがる人間もいたんじゃろうな。」



 そう言われると、ディアラントに絡むいざこざを思い出してしまう。

 途端に渋い顔をするキリハに苦笑していたケンゼルは、すぐに真顔に戻って声のトーンを落とした。



「そんなやからにとって、ドラゴン大戦は絶好の機会だったんじゃろう。戦争の混乱にかこつけてドラゴンに関する記録を抹消し、ドラゴン大戦の原因を全て竜使いに押しつけた。じゃが、ドラゴンに関する記録を消したがために、セレニアに眠るドラゴンの封印が解けた時の保険がない。」



「だから、竜使いに政治の責任も押しつけた…?」



 ぽつりとキリハが呟くと、ケンゼルは意外そうに目を見開いた。



「ほう。その辺りの事情は知っとるのか。」

「ターニャに聞いたから。」



 言うと、ケンゼルはますます目を大きくする。



「あの方が直接? ……ほほう。これはこれは……面白いことになっとるな。」



 なんだか、ジョーにも似たような反応をされたような気がする。

 そんな感想を抱いていると、ケンゼルはこほんと咳払いをして再び口を開いた。



「まあ、そんなこんなでの。ドラゴンとドラゴン大戦に関する記録は消され、時間が経つにつれて、戦争のことを身をもって知る者もいなくなる。戦争の詳細は徐々に風化していき、結果的にドラゴンとは分かり合えないという固定概念と、竜使いを差別する風習だけが残った。」



「ちょ、ちょっと待ってよ!」



 キリハは思わず、ケンゼルの言葉を遮った。



 ケンゼルが、この後に何を述べようとしているのか。

 ここまで丁寧に解説されたら、いくら馬鹿な自分でも分かる。



 ただ……そんな非道な話があっていいの?



 顔を青くするキリハは、からからに渇いた喉を震わせて声を絞り出した。



「それって、つまり……ドラゴンや竜使いが嫌われてるのって、みんながそう思うように、誰かが仕組んだってことなの?」



「もちろん、百パーセントそうじゃとは言い切れん。じゃが今ある事実を並べると、その可能性が最も高いということじゃ。流行はやりもすたりも、普通という概念も、結局それらを創るのは人間じゃからのう。」



 ケンゼルは特にオブラートに包むことなく、キリハが辿り着いていた結論を認めた。



「じゃあ、結局……みんながドラゴンを嫌うのに、ちゃんとした理由なんてないってことじゃん……」



 周りの皆がそうだから。

 それが普通だから。



 結局ここでも、立ち塞がる問題はそれなのか。



「そうじゃのう…。そうかもしれんのう。」



 ケンゼルはうれうように目を伏せる。



「固定概念や普通というものを、人間のほとんどは間違っているとは思わない。だから……あんなことが起こったのかもしれんな。」



 彼が告げたその言葉。

 それに、妙な違和感を持った。


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